2015年下半期、プロレス界で最も話題をかっさらったのは何と言っても天龍源一郎選手の引退試合のトピック。65歳にしてなお生ける伝説として活躍していた天龍さん。その最後の相手は新日本プロレスのオカダ・カズチカ選手。自身の引退試合とはいえ、オカダ選手という現役のトップレスラーとシングルマッチで闘う天龍さんが見せる最後の生き様は業界内外を超えて多くの話題を呼びました。
私は観戦には伺えませんでしたが、近年はパンタロンで足を見せないコスチュームだった天龍さんが、黒いショートタイツで姿を現し、渾身のパワーボムや延髄斬り、チョップを放ち、オカダ選手の技を受けまくるその姿は昭和のプロレスファンと平成のプロレスファンの思惑も交錯させ、誰しもがプロレスの素晴らしさを実感したに違いありません。
人間ならば逆らうことの出来ない「肉体の老い」。そしてスポーツ選手ならば避けることの出来ない宿命であろう「引退」という二文字を最後まで天龍さんらしく突っ走った。その姿がまた新たな伝説となっていくのだろうと、改めて思えました。
さて、話は変わってこの「引退」というテーマに真正面から向きあおうとしたAV監督がいました。タートル今田監督です。今回、今田さんが制作した新作「翔田千里のすべて」は熟女AV女優として一時代を築いた翔田さんが引退を発表し、その引退を迎える日に至るまでの最後の3日間を収録した作品です。
ご存知の方も多いかもしれませんが、今田さんはプロレスが大好きのAV監督です。私はこの作品を拝見させていただき、今田さんがAVではありながら、一人のAV女優の「引退」というテーマに対して、どこかプロレス者としての視点が介在しているような気がして仕方がありませんでした。いかに「引退試合」をドラマチックに仕掛けるか、演出するかという一点において、今作の今田監督はプロレス者としての本領を発揮させているような気がしました。
プロレスラーの引退も様々なものがあるでしょう。怪我による故障からの引退、特別な試合に敗れたため引退する、そして翔田さんと同様に自分の中で、「やりきったんだ」という感触を持ったため、引退を決意する人も少なくありません。
引退を決意すると、引退へ向かうドラマが発生するのがプロレスの常です。引退ロードと銘打ち、かつて名勝負を繰り広げた男たちの勝負や、他団体への参戦など、引退へ向かってトーンを上げていき、多くの人間がそれによって感情を揺さぶられるのです。
アントニオ猪木さんの場合は数年にかけてファイナルカウントダウンと銘打たれた試合を行いました。グレート・ムタとの異次元対決から始まり、ウィリアム・ルスカとの異種格闘技戦、最強外国人ビッグバン・ベイダーとのシングルマッチなど、ありとあらゆる”ジャンル”をも飲み込んでいくその姿と、やはり「猪木は引退してしまうんだな」というカウントダウンを同時に見せるのです。その闘いは若い選手と戦えば世代交代の意味を成し、「老い」を見ている側に伝え、猪木さんと同時期に最前線で闘っていた選手と闘えば「ノスタルジー」を伝えます。ですが、どちらにせよファイナルカウントダウンという演出は時間の経過という点において残酷なまでに、その輪郭を伝えてくるのです。
そして猪木さんの引退試合最後の相手も、トーナメントで勝ち上がった選手と闘うという、あくまで「強い男と戦って花道を去る」という猪木さんの拘りのようなものが見え隠れしました。引退試合の相手はアルティメット界の大物として初期UFCで活躍したドン・フライだったわけですから、猪木さんの妥協のなさと、引退ギリギリまである種の残酷さと向き合う様に「闘魂」を感じざる終えません。
そんな「引退」を迎えていくプロレスラーの姿に多分に感化されているであろうタートル今田監督が撮る翔田さんのファイナルカウントダウンとは何なのか?まさに本作の焦点はそこだと思いました。
「翔田千里のすべて」まずは恒例の移動中に始まる車内インタビューでスタートします。ここで見せる翔田さんの姿は実に清々しいものです。引退を3日後に控えながらも、ハキハキと喋る翔田さん。しっかりとAVを始めたキッカケと、引退する理由を明確にして答えていきます。翔田さんの引退を数日後に控えながら、終始明るく振る舞う翔田さんの姿に、翔田さんが人気を博した理由が詰まっているかのようです。
この車のシーン、勝手ながら私はとある映像と重なりました。2000年4月7日「負けたら即引退スペシャル」と銘打たれた小川直也選手との試合を迎える橋本真也さんのドキュメント。カメラは橋本さんが自身の愛車に乗り込み、東京ドームへと向かう橋本さんを車内で撮影しているのですが、その橋本さんの清々しいまでの覚悟を決めた男の表情は未だに忘れられないものがあります。後に橋本さんは復帰しますが、やはり「引退試合」という煽りに煽られた状況にも関わらず、ここまで潔い表情を見せるのかと驚かされました。
しかしながら橋本選手の場合はどこか「死」のような匂いが漂いました。本当にこの一戦で全てを終わらしてしまうような、退廃的な匂いがする中、翔田さんは決してそのような匂いはしません。むしろAV女優を経たその後の人生をしっかりと見据え、新たなスタートをきるんだという明るい「生」のエネルギーが漂うのです。
AVにもプロレスにも紛れもなく「引退」という二文字が与えるサムシングがある。それを捉えるカメラ、翔田さんの思ってもみない潔さに驚く今田監督と、その心境が綴られるテロップがとても良いグルーヴを見せていきます。
いくつかのカラミを終えて、ファンイベントも無事終えた翔田さん。刻々と「引退」が迫る中、ここでとある問題が浮上します。猪木さんの引退試合の対戦相手を決めるトーナメントばりに、翔田さんの引退記念にふさわしい男優は誰なのかということです。翔田さんのAV女優としてのキャリアの中で、翔田さんの思い入れがだだ漏れる男優は限られてきます。引退とはいえ、必ずしも自分の想いが叶うマッチメイクだとは限らないわけですが、ここは今田監督がニクいことをしてくれます。
ここで今田さんがある仕掛けを施すのですが、今田監督の仕掛けに乗った翔田さんの燃え尽きるセックスこそが何と言っても本作最大の魅力です。熟した身体に、AVに対して「燃え尽きた」という感情と、まさにその感情を体現するかのようなセックスをする翔田さん、神秘的な身体から流れる汗に、少し涙が混じっているようにも見える。ただただその姿は美しいものでした。
何かを始めることは簡単かもしれないが、何かを終えることを「有終の美」として終えられる人は非常に僅かです。それはプロレスラーもAV女優とて同じだと私は本作を見て思いました。と、同時にやはり翔田さんの姿を見れば「やりきった」という感触を掴んで最後を迎えられることほど、幸福なこともないのもかもしれないと思わずにいられませんでした。そしてそんなラストを見事に演出した今田さんは男の中の男だと思いました。そんな本作を是非ご鑑賞してみてください。