今成夢人の性春ジャイアント・シリーズ vol.2
2015-11-25
コラムニスト:今成夢人
先日、HMJMから『あの娘のドキュメント AV女優 杏美月のすべて』という作品がリリースされた。この作品、プロレス的に言えば極上のシングルマッチ、名勝負と称したくなるサムシングに満ち溢れている。

デビュー作から、1度目の引退、そしてその後の復帰から現在に至るまで、僕は杏美月というAV女優にずっと魅了されている。その豊満な体に似つかわしくない愛くるしさを持ち合わせながら、どんなキャラクターをも演じ分けられる多彩な表情や仕草に、僕は数えきれぬほどヌキ続けてきた。 

そんな杏美月さんをタートル今田監督が自身の得意とするドキュメントAVとして撮影し、作品を完成させたと聞いて胸が躍った。アダルトビデオのリリースで、近年ここまで期待値を上げられた作品も個人的にはなかった。大好きなAV監督と大好きなAV女優、究極のシングルマッチ。ドリームマッチである。

誤解を恐れずに書くと、タートル今田監督は”意識が低い”AV監督だと思う。この「意識が低い」というのはいわゆる「意識が高い」という言葉の逆という意味。

近年あらゆる場面で聞かれる「意識高い系」だが、インターネット上で意識高い系の8つの特徴という項目を見つけたので、ちょっと拝借させていただく。


•必要ないときまでビジネス用語や外来語を使いたがる(スキーム、アジェンダ、バッファ等)
•何かしらの問題を提起することをアピールし、積極的に問題を提起しない人間を下に見て、啓蒙しようとする。
•努力の過度なアピール努力。努力のアピールが目的にすり替わることもある。
•自分の実績も過度にアピールし、例えプロジェクトに少し関わっただけでも大げさに紹介する。
•自己啓発にのめりこむ事が多く、スティーブ・ジョブスの伝記やビジネス書をありがたがる。
•仕事してる感を演出したがり、前述のようにスタバや蔦屋書店などでMacbookやタブレットを使って仕事をしている。
•無駄にグローバル志向で、無闇に国際的な視野を持ちたがる。
•人脈づくりに熱心。SNSのフォロワー数を自慢し、時にはそれを戦闘能力のように扱う。

と、以上が「意識高い系」の特徴らしいのだが、個人的には「妙な前のめり感」や「歪んだ正義感」を感じさせるのが意識高い系の要素ではないかと感じています。
そんな中、外来語もなく、努力をするアピールをすることもなく、仕事してる感も出さず、「ユルさ」を前提としたAV作品を作り続けているのが今田監督だ。

今田監督の作品を見ると、もう少し意識を高くしたほうが良いのでは?と思うほどに意識が低いシーンが頻繁に出現する。記憶に新しい『BiSキャノンボール』では冒頭シーン、各監督がBiSメンバーの誰を撮るのかという話になり、今田監督はプー・ルイさんに。いざ撮影に行くぞ!という流れからプー・ルイさんを車の助手席に座らせ、車を発進させると思いきや、駐車場料金を持ち合わせておらず、プー・ルイさんからお金を借りてしまう。

人妻とドキュメント 美紀、美咲、麻央、まほ』では自らの編集が遅いということを、堂々とテロップで吐露。疲れたので人妻を取りに行くという公私混同っぷりでテロップが加速していく。そして案の定新幹線には出発ギリギリで乗車。

意識が高ければ、駐車料金も払えるくらいお金を持ち合わせてるだろうし、「編集が遅い」なんて言わないだろうし、電車に乗る時間も余裕があると思う。けど今田さんには徹底してそんなことはどうだっていい、俺は俺で行くというスタンスを崩さない。カメラを通じてドキュメントで捉えたい瞬間は「意識高い系」には捉えることの出来ないユルさこそが醸し出すグルーヴ感なのだ。あえて「ユルく」撮ることを公言し、”タートル”のホーリーネームを名乗る男の真髄がまさに杏美月という女優の前に発揮され、類まれな名勝負へと導かれたのが『あの娘のドキュメント AV女優 杏美月のすべて』であります。

本作の冒頭で美月さんがドキュメントAVを撮ることに若干の抵抗があることをカメラの前で伝えている。「素」の自分を見せてしまうことへの抵抗があるのか、ドキュメントAVのインタビューとしては決して歯切れは良くない。それも頷ける。僕個人の視点から見ても杏美月という女優はキャラクターや役柄を与えられてこそ輝けるタイプだと思っている部分があったからだ。「痴女」を演じなくてはならなければ、全力で痴女になりきり、「スケベな先生」という役柄が与えられれば、全力でスケベな先生になりきっていた。そんな「設定」が当然ながら本作では設けられていない。美月さんがインタビューで見せる困惑は「素」の部分に見え隠れするやや自堕落な自身の性質(Twitter等でも拝見出来る)や、それをカメラの前で晒すことで、それが作品として成立するのか?という問いが自身のバランス感覚の中で生じていることを物語っているようだ。

今田監督の作品には徹底して「設定」がない。設定とは作品の世界観をなす前提である。ドラクエであれば「勇者」「魔法使い」などといった各キャラクターの性質、設定である。が、この作品では徹底した「すっぴん」が求められる。「すっぴん」とは『ファイナルファンタジー5』というゲーム作品のジョブシステムの中の一つの用語だ。FF5では他のジョブには「黒魔道士」「竜騎士」といった多彩なジョブがあり、各キャラクターにそれらの設定を与えることが出来るのだが、やがてそれらジョブの付随するアビリティ(特殊能力)の使用が可能になる。だが「すっぴん」というジョブにはそれらの特殊能力がほとんどない。しかしながら、様々なジョブチェンジを繰り返しレベルアップを図ることで多くのアビリティを使えるようになると、アビリティの設定幅が多い「すっぴん」は最も強いジョブと変貌するのである。話が脱線したが、このあたりのニュアンスはFF5を実際にプレイしてみて感じてほしい。

今作のインタビューで、美月さんが不安な表情を見せるのは今田監督が求めているのが「すっぴん」だからに他ならない。しかし本作最大の見せ場は「すっぴん」で闘えるのかという不安をヨソに、杏美月が最強の「すっぴん」であることをタートル今田は自身最大の武器である「意識低い系」というアビリティでもって引き出してしまうところにある。

そんな拭いきれない警戒心のようなものを抱えながら進行する本作ではセックスの前に必ず「食い倒れ」を入れる構成になっている。実際に今田監督と美月さんが大阪飯を食べながら、決して意識を高くすることなく、喋り続け、飲んでいく。そして最初に訪れたセックスの時間で今田監督はさらなる「意識の低さ」を見せつけていく。


今田監督が、爆睡するのだ。



AV監督として、セックスを撮るというのは職業的にも命題だろう。しかしながら、肝心の一回目のセックス直前で今田監督は寝てしまうのだ。普通であればエナジードリンクでも飲んでカフェインを投入し、撮影をしなきゃいけないだろう。しかし今田監督は堂々と寝るのだ。回しっぱなしのカメラには爆睡をかます今田監督と、美月さん。これからセックスを撮らなくてはならないというのに、監督が寝てしまった。さて、どうするかという状況の中、今田監督を見守る美月さんの表情がかつてないほどの優しさに満ちた表情を見せる。「なんて、しょーもない人なんだろう」という視線が介在しながらも、そんな姿を自分自身も重ね合わせられるのだろうか、今田監督のユルいグルーヴ感に美月さんは乗っかったのだ。過去の作品では見せたことのない表情を見せた。超越的な母性とも言うべきか、僕はそんな表情にたまらなくやられてしまった。

カットが変わり、時間が経過している。朦朧とした状況の中「寝ちゃったよ〜」と言い放つ今田監督にはまったくもって「しまった!」感が一切ない。そんな寝起きの今田監督に美月さんは目覚めのフェラチオで迎え入れる。このシーン以降、二人の関係性が一変し、お互いがユルさを許容し合い、過ごす時間が愛おしく、そして間違いなく「素」の魅力が次々にドキュメントされていくのだ。

本作はAV女優杏美月を誕生させた高槻監督の元を訪ねるなど、杏美月のルーツにも触れられていく。原点を見直すことで、自身のキャリア、人生を振り返り、本人の人生観そのものに着地していく様は実に感動的だ。
「素」を見せることに抵抗があった一人のAV女優は、タートル今田のユルさと次第に融解していき「すっぴん」の状態こそが最強であり、最大の魅力であることを証明した。

僕は杏美月のベストバウトではないかと思った。

近年の「意識高い系」ムーブメントにややうんざりさせられる状況の中、今田監督の織りなす「意識低い系」グルーヴによって「相手の魅力を引き出した上で勝利する」というプロレスをやってのけたタートル今田監督はAV業界のリック・フレアーだ。プロレスはパワーファイトばかりが求められるものではない。のらりくらりと戦い、こちらのペースに引き込んで勝利するという戦法だってある。「爆睡」という5カウントぎりぎりの反則技を駆使した今田監督と杏美月の一戦。杏美月ファンの一人として「この試合が実現して本当に良かった」と思わずにいられなかった。

「意識が高けりゃいいってもんじゃない。ちょっと力を抜いて、隙を見せられるくらいが良いじゃないか」と言わんばかりの今田監督。いやはやまったくもって油断も隙もあったもんじゃないわけだが、こんな名勝負を見てしまうと、亀のように生きることだって悪くないなあなんて思ってしまうのだ。

ドキュメントAVに学ぶ、意識低い系のススメ。
皆さん「タートル今田 vs 杏美月」は超超名勝負ですよ。

今成夢人プロフィール

1985年新潟県長岡市生まれ。

多摩美術大学卒業制作作品として制作した学生プロレスを題材にした短編ドキュメンタリー映画『ガクセイプロレスラー』がバンクーバー国際映画祭など、ごく一部の映画祭から招待される。
2011年DDT映像班に。会場VTR、中継番組などDDTの映像演出全般を制作するようになる。
衛星プロレス団体ガンバレ☆プロレスでは選手としてリングに上がったりする

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