『世界でいちばん悲しいオーディション』『世界でいちばん悲しいオーディション』公開記念
岩淵弘樹×カンパニー松尾×松江哲明 ドキュメンタリーをめぐる座談会
一昨年ハマジムに籍を置いていた岩淵弘樹監督と交流の深いドキュメンタリー監督3人による座談会をお届けします。
かつてはハマジムのAV、3D映画、テレビドラマなど、ドキュメンタリーの新しい道をその多才さで切り拓いてきた松江哲明監督。
AV監督生活30年、カメラ片手にハメ撮りの一本道を現在も邁進するカンパニー松尾監督。
『世界でいちばん悲しいオーディション』が全国公開中の岩淵弘樹監督とともに、それぞれ三者三様スタイルで突き進むドキュメンタリー制作のアレコレを語っていただきました!
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フィクションとノンフィクション、向かう先は同じ(岩淵)
― 『世界でいちばん悲しいオーディション』は全て文字を書き起こしてから編集したと聞きました。ドキュメンタリーを作るにあたり、それは普通の方法なんですか?
松江:人によっていろいろだけど、文字起こしはオーソドックスな方法で、基本の基本です。いったん整理して素材を見つめ直す。ただ、昔と違って今はパソコンのノンリニア編集で簡単に見返せるようになったから、文字起こしは必ずしもする作業ではなくなったかもしれません。
岩淵:松江さんが以前『neoneo』という雑誌のアンケートで「ドキュメンタリーとは何か?」という質問に「事実を素材にした物語」と答えていて。フィクションとノンフィクションは出発は違うけど、向かう先は同じだなあと実感します。フィクションは最初に脚本があって、ノンフィクションは脚本が最後に出来上がるという話もある。『世界でいちばん悲しいオーディション』は、編集する前に文字で起こして、それを構成して脚本を作っていくような作業工程で作りました。
松江:僕の現場スタッフは普段フィクションをやってる人ばかりなので「ドキュメンタリーの監督で、自分は何するの?」と最初は思うらしいけど、やれば同じだと分かってもらえています。僕はフィクションのスタッフの方法論とドキュメンタリーのミックスのような作り方をしているので。今の日本映画やドラマの予算では、そのやり方に可能性を感じています。
松尾:テレビでやったことね。
岩淵:先日テレビドキュメンタリーのロケがあって、松江さんのテレビの現場を思い出しました(岩淵は『その「おこだわり」、私にもくれよ‼』で松岡茉優のマネージャー役で出演)。短期の現場ということもあり、ワンカット撮影でシーンが変わっていくようにも感じて。CMのフォーマットがあるので、構成も制約の下に落とし込んでいくわけで。
松尾:松江くんは次々と先へ進むからさ。ドキュメンタリーから始まってフィクション、テレビ。『ドキュメンタリーは嘘をつく』(2006年)からだんだんこうなってきてるけど、頭が良すぎる。映像脳が高すぎるのよ。読み解く力がありすぎる。俺は映像脳が低いから。
岩淵:俺もです。
松尾:最下層(笑)。
松江:いやいや。松尾さんは「ハンディカム一台でこんなことできるんだ!」ってのがある。
松尾:向上心がないからだよ(笑)。
岩淵:松江さんは撮影と編集を一人で行うところからスタートしたけど、今はもう自分でカメラを回さない現場、編集しない現場もありますよね。俺も最初は自分でカメラを持って編集してたけど、自分の手癖が良くも悪くも染み付いちゃってて、その手法に飽きてくる。
松江:正直、飽きました。
岩淵:ずっとやってる先輩がここに(松尾を見ながら)。
松江:松尾さんのAVの編集をやらせてもらった時に思ったけど、結局、松尾さんに行き着くんですよ。松尾さんの素材は「こうつなぐしかない」という感じで自分の色に編集できないんです。この実景ならセンターに文字入れるしかない。文字の場所もここしかない。それ以外ないんです。誰が編集しても松尾さんになるのが不思議。そんな人はなかなかいない。
岩淵:「10人同時にカメラ回してください」という中に松尾さんがいたら、松尾さんの素材数は少ないですよね。ムダ回しもそんなにない。狙いを持って撮ってる。使いどころが明確。
松尾:うん…。無自覚(笑)。
松江:カメラのブレ、ノイズも含め編集点が決まってる。素材がそうしろと言ってくる。
松尾:みんな俺のAVを見過ぎたんだな。AVは映画やテレビと違うし、特に何十年も続けてる俺のAVを見てることで一種の麻薬中毒(笑)。慣れ過ぎてる人たちの意見かもしれない。
― 松尾さんは撮る時からすでに完成図が見えてるんですか?
松尾:ううん。ただ、他の人が撮った素材を見ると「ちょっと違うな」と。俺なりの何かがあるみたい。だから人の素材は編集で切りやすい。「ダメじゃん!」とバンバン切る。ジャッジは速い。俺が撮ったのはわりと使える(笑)。
岩淵:松尾さんの撮影は何度も撮り直したりしない。一発で終わりだから明確。
松江:松尾さんのはすごく勉強になりました。僕も現場での演出はアレコレ言わず「これだけ撮っておいて」と言うようにしています。スタッフも何本もやってくると意図もわかってくれるので。レンズとカメラの位置でだいたい掴めます、ドキュメンタリーの場合、何を狙っているのか。
岩淵:それが映像言語というか。
松江:そういうの、楽しいですよね。それが果たして劇映画や別の映像媒体でもできるのかということがこれからも課題かもしれません。以前「ザ・ノンフィクション」のプロデューサーに「ドキュメンタリーは強い画が撮れれば状況説明はいらなくなる」といわれて感動したことがあります。「スプラッシュ」という言葉を使ってました。例えば、いきなり説明もなくホスト同士が喧嘩してる画を見せる。状況は分からないけど説明は後で付ければいい。一番面白いのはスプラッシュ、それがあればいけちゃうと仰ってました。見る人が前後を想像してくれる。
松尾:構成と編集の話も含めてね。でも基本を知っていないとね。松江は知ってる上で言ってるわけで、形だけで入ると基礎工事ができてないからつながらない。ありがちだけど。
岩淵:僕もそうでしたよ。
松江:結局、ドキュメンタリーは素材が強ければ見る人をガッと掴める。だから面白い。ドキュメンタリーはそういう強みがありますね。

こんなのは続かない(松江)
岩淵:松江さんは就職の第一志望が映画監督だったんですか?
松江:そうだよ、第一志望は劇映画。でも第一志望になれたからってそれが幸せとは限らないし、今は違う方向へ来てるけど後悔はない。でも「イェーイ!」みたいなのは全然ない。人生ってそういうものじゃないですか?
松尾:うーん。俺なんか「イェーイ」ばっかだけどな(笑)。
松江:本当ですか。
岩淵:本当ですか(笑)。
松江:イメージリングスがあってハマジムにちょこちょこ行ってた頃は今振り返っても、特別な時間でした。一方でこれはずっと続かない、続くわけないとも感じてた。松尾さんにも「松江はハマジムに入らなくてもやっていける。朝10時に来て掃除とかできないだろ」とか言われて、そういうのがきっかけでいろんな人と仕事しなきゃ、と思いました。
松尾:俺が「ハマジムにおいで」と言ったら入ってたの?
松江:可能性ありますよ。AV女優さんを撮り続けるのは面白かったし、女の子によって企画を考えて、セックスまで撮れる。すげぇなと思って。
松尾:楽園だから。パラダイス。
松江:楽しかったけど、何か違うなというモヤモヤもあったのがバレてたんじゃないか、と今は思います。
松尾:松江は、個として確立して自分の世界があったから勿体ないというのもあったしね。AVはやっぱり下の世界だと思うし、ついて回るものもある。タイプが違うなと。岩淵もそう。俺もV&Rにいた頃、安達(かおる)さんに「監督をやらせるけど社員の仕事はしっかりやれ。職人になるな」と言われてた。だからハマジムも、社員はディレクターとして独り立ちしている人よりオールマイティな人。松江も何年かは一緒にいたとしても、ちゃんと出ていったと思うよ。結末は変わってないから大丈夫。
松江:そうか…。でも当時はオリジナルビデオやピンク、テレビも今と比べると自由があって楽しかったです。けど、僕は楽しい時こそ寂しさを感じるので。
松尾:はい(笑)。
松江:みんながわーって楽しんでる時に「ちょっと静かにして下さい」みたいな。松尾さんもそうじゃないですか?
松尾:全然そうですね。
松江:「こんなのは10年後まで続かない」と思っていました。だから、さっき松尾さんが言った「先へ先へ進みたがる」というのがあるのかも。だったら自分から距離を取って、新しい場所を目指す。

俺に聞いてもダメ。曲がり角を曲がってないから(松尾)
松尾:岩淵さんもその域に入っていくんですかね。『せかかな』で曲がりかけたよね。『モッシュピット』と比べて、曲がり角を曲がったじゃない。
岩淵:そうですか?
松尾:やりたいことが見えてきたとか、自分でも言ってたじゃん。
松江:次の作品は失敗してもいいんですよ。一度120点を取った人は、次は150点を取れるわけがない。世間は100点でも60点でも失敗って評価するから。だから150点取ろうとすると後がキツいよ。点数がない世界にいくのはありかもしれない。点数じゃなく偏差値にいくんです。基準を自分で変える。野球で勝ったら、次は競技を変える。同じ土俵で探さない。
岩淵:同じ土俵でストレートにやるつもりっす。松江さんほど引き出しがない。松江先輩の引き出しの数の多さはすごいですから。
松尾:松江は映像をとにかく見てるから、引き出しが多いよ。岩淵は不器用な男なんで。
岩淵:僕はフリーになってまだ1、2年でペーペーなんですよ。松江さんはフリーを20年くらいやってるじゃないですか。
松尾:でも岩淵もちゃんと仕事もらえてるね。今までは延長線上。作風がここで一気に曲がったじゃん。
岩淵:そういう意味では、松尾さんはハメ撮り道を歩み続けた小林一茶。
松江:松尾さんはずっと球を変えないんだよ。
松尾:そう。俺に聞いてもダメ。曲がり角を曲がってないから(笑)。
岩淵:で、松江さんは変化球を投げまくりの、安住しない変化球おじさん。僕はその間で変化球も直球も投げられない。今後どうするか、その場その場の人間なんでよく分からないんだよなー。
― 「変化球を投げてみたい」とも思わないですか?
松江:プロデューサーが投げさせればいいんですよ。「監督、今までと同じじゃダメです。今回はこの球を投げてください」と。結果的に変化球になる。僕も一緒に組んでるチームの影響が大きいし。企画は出すけど、最終的な判断はプロデューサーですよ。
松尾:結局なぜ作るかといえば、目の前の人を喜ばすのが最初。実はプロデューサーの顔が思い浮かんでるんです。最初は観客さえ浮かんでいない。逆に「ここは変わらないでください」というのもプロデューサーの仕事だしね。
岩淵:来年には、松江さんはバリバリ劇映画を撮りまくってる可能性がありますね。
松江:かもね。それもプロデューサー次第。
― 松尾さんが球を変えずに来れたのは、基本的に一人でやってきたからというのもあるんですか?
松江:そうなんです。松尾さんはハマジムという入り口と出口がある。
岩淵:自分がプロデューサーみたいなところもあるからね。
松尾:外注の仕事しんどいもん。いい時と悪い時の差が出る(笑)。
― では、最後にそれぞれ未来への展望を。
松江:未来ね…(ため息)。
岩淵:「未来ね…」で終わらせてください。ため息で。
松尾:俺は前向きなことを言ったじゃんか!
― 岩淵さんは、ため息じゃないですよね?
岩淵:俺もため息だけど、未来よりも「今ね…」という感じ。「なう…」(ため息)。
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●岩淵弘樹
1983年生まれ。『遭難フリーター』(2009年)、『サンタクロースをつかまえて』(2012年)、『サマーセール』(2012年)、『モッシュピット』(2016年)、『世界でいちばん悲しいオーディション』(2018)など。
●松江哲明
1977年生まれ。『あんにょんキムチ』(2000年)、『アイデンティティ』(2003年)、『カレーライスの女たち』(2006年)、『ライブテープ』(2009年)、『トーキョードリフター』(2011年)、『フラッシュバックメモリーズ3D』(2012年)、テレビドラマ「山田孝之の東京都北区赤羽」(2015年)、「このマンガがすごい!」(2018年)などなど。
●カンパニー松尾
1965年生まれ。「私を女優にして下さい」シリーズ、「世界弾丸ハメドラー」シリーズ、「麗しのキャンペーンガール」シリーズなどの他『劇場版テレクラキャノンボール2013』(2014年)『劇場版アイドルキャノンボール2017』(2018年)などなどなど。
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