燃えよテレクラ 北風のブルース 監督:カンパニー松尾

燃えよテレクラ 北風のブルース
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1995年5月、30歳になったこの年、V&Rプランニングを退社して
念願のテレクラ&カレー全国制覇の旅に出た。
その時、撮ったのがこの『燃えよテレクラ〜北風のブルース』である。

V&Rを辞めることはこの1年前、社長の安達さんに伝えてあって、その時「辞めて何するの?」と聞かれ
「カレー屋さんになります」と言っていた。
けど、実際V&Rを辞めた直後、バクシーシ山下が女にふられたショックで出社しなくなり、
僕の家に転がり込んでマリオカートやってたりしてラインナップに穴が空き、
「松尾君、1本撮ってくれない」とV&Rから依頼され、結局1週間も経たない内に出戻り、
辞める前に大作『これがテレクラ 即ヤリ娘 』を完成させたばかりの反動から
「なんかユルい企画物を」と『麗しのキャンペーンガール』を撮ったら、
そのことで請求書やハンコを買ったりしてフリーとしての準備が出来てしまったのと、
辞めて2.3日これからのことをアレコレ考えたら「カレー屋に修行に出ても5年か10年で店は出せる、
すると40歳で開業か…まだ早いな」と思ったり、単純にV&Rを通じて知り合った仲間と離れるのが
「さみしい」と思ったりして、とりあえず辞める前から決めていたカレー全国制覇をしながら
今後の事を考えようと、車中泊出来る車と携帯を買って、周りの人に旅の話をしたら太田出版の北尾さんに
「何か撮って来てくださいよ」とフィルムを渡され、V&Rにビデオテープと制作費をもらった。
結局、個人旅行のつもりが撮影旅行になり、そのタイミングで夏休みを取ったバク山さん
(休んでばっかりだな、この人)とバク山さんのバイクを荷台に積んで北へ向かった。

最初の訪問地は僕にテレクラを教えてくれた聖地青森。1週間程のんびり過ごし、一度南下し弘前から今度は十和田湖経由で八戸へ横断、三沢経由で青森に戻って青函連絡船に乗って函館に上陸。
函館ではその後、付き合うことになる女性と出会ったりして札幌に上り、帯広を経由して釧路、網走、北見、
最後は宗谷岬まで走ってこの撮影は終わる。
旅自体はその後も続き、札幌や函館の彼女と遊んだりしてしたりして結局7000キロ走り、
42日後に東京に戻った。
カレー49食、_オナニー4発、セックス25発、車中泊17泊、楽しかった。
人生で一番楽しい旅だった。

この旅の詳しい様子は翌1996年『素人娘ジャパン』(太田出版/絶版)という書籍となって発売されたので
お時間あればそちらも合わせてお読みください。
(この原稿書いてる時点でググったら400円で売ってました!)

で、この『北風のブルース』だが、久々に中身を見たらまたやらかしてた。
前の『これがテレクラ』シリーズではテーマ曲がパクリだったが、これはカーステでその時聞いてた音楽を
(2小節くらいならいいだろうという甘い考えの元)そのまま収録してる。
ははは、ダメだよコレは。
中身は紆余曲折はあるけどのんびり楽しそう。
出てくる女の子も写真だけの子とかいて、バラバラだけど、なんか後ろめたさはなく、
出会いの装置としてのテレクラがまだかすかに残っている感じがする。
そのかすかが重要だったりする。
ちなみにこの『燃えよテレクラ』はテレクラ一人旅シリーズとしてその後も継続され、九州編2本
(風は南へ&もっと南へ)、名古屋編(新しい季節)と東京編(燃えよ東京)と発売されました。


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