あれからずっと熱っぽい vol.8
2017-05-12
コラムニスト:平野大地
GWも終わり、僕はいつのまにか社会人三年目に突入しました。
今年で25歳になるんですが、この年になってくるとやっぱり同年代で何かを成し遂げて名をあげる人もいれば、結婚する人も出てきて、これまでどこかドラマチックだった「人生」という言葉の響きが、確かな重さを感じられるようになった今日この頃です。

いま考えると大学生っていう身分はとても平等でした。
もちろん学歴とかの違いはありますけど、正直みんな大学生という身分は大学生という身分以上でも以下でもないような気がします。

授業に出て単位が取れるか取れないかをネタにしてみたり、あるいはなにかに没頭してみたり、惚れたはれたをやってみたり、留学してみたり、起業してみたり、世界一周してみたり。
これらみんな大学生っぽいっていうやつです。
ここには勝ちも負けも存在しません。

でもなんだかここからの人生はこれまで以上に「勝ち負け」っていうのがすごく重要になってくるみたいです。
それは別に誰か個人が決めるとかじゃなくて、強いて言えば、というか完全に社会が決めていて、自分が思っていなくても誰かから「あの人は負けてる」と言われたら、それは社会的に負けなんですね。
僕のまわりでも「勝ち組だねぇ」「いや、ああはなりたくないわ」みたいな会話がけっこうあって、多分僕も無意識に言っているかもしれません。

社会に出たら楽しく生きている人が勝ちってどこかの偉い人が言ってたのに、結婚とか会社の名前とか、そういうので勝手に勝敗が決まるシステムがこの社会の見えないところにあるみたいです。

こんな話はどうでもいいですがね。

そうそう、聞いて下さい。
こないだツイッターである人から電話番号とともにこんなメッセージが送られてきたんです。
「初めまして。みのるです(顔文字)時間あるとき電話ください。」

みのる? みのる。みのる……みのる?!

HMJMを知っている方でこの名前を聞いてギョッとしない人はいないですよね。
メッセージの送り主はビーバップみのるさんでした。

でも彼に電話をくれと言われるような心当たりはまったくありませんでした。
みのるさんとは一度くらい話したくらいでしたし、ほぼ面識なしで、正直顔を覚えてもらっているとも思ってませんでした。
そんな人からの「電話ください」なんか意味わかんないを通り越して怖いです。

とはいえ理由とか考えたって思いつくわけないので、とりあえず電話してみました。

「初めまして、平野です」
「平野くん? あ、どうもみのるっていいます」

「お返事遅れちゃってすいません」
「いやいや。あ、ちょっと15分くらいしてから掛け直してもいい?」
「ちょっと仕事戻んなきゃいけないんで、夜遅くもっかい僕から掛けますよ」
「あ、じゃあ、ちょっと今時間もらっていいかな」

みのるさんはいつも通りの抑揚があるようでない特徴的なしゃべり方でした。
僕は終始「うわ、みのるさんだ、映画とかAVと変わんねえ〜」と思いながら、スマホ片手にニヤニヤしていました。

みのるさんが僕に連絡をしてきたのは、「巨根の覚醒」についてでした。
そのとき「巨根の覚醒」はすでにタダか1万円上映会を二度行っていたんですが、僕は本当にタイミングが合わず、一度も足を運ぶことができずにいました。

どうしてみのるさんは僕に連絡してきたのか。
端的にいえば、みのるさんは「巨根の覚醒」をどうやら大学で上映しようとしているようでした。

一応ご存じない方のために簡単に言っておくと、童貞で大学四年生だった僕は「テレクラキャノンボール2013」を見て、その衝撃の勢いあまって自分の大学の学祭で上映会を開き、その後普通の社会人として働きはじめ今に至ります。

という経緯もあって、みのるさんは僕に「こういう映画は大学で上映できるのかどうか」を尋ねてきてくれたのです。

正直そのときの僕は「あんな昔に自分がやったこと覚えててくれたのか」っていうことと、みのるさんのしゃべり方がツボちゃって笑いそうになるのをこらえることで頭がいっぱいでした。
僕はそれで舞い上がっちゃったのか、そのとき反射的に「できます!」みたいな返事をしたような気がします。

それ以外にも色々な話をしました。
みのるさんはあの映像をどう使えばいいのかわからないようでした。
完成させたし上映会もやった。
でもどうしてもモヤモヤが消えない。
みのるさんはどうにかしてそれを消化したがっているように感じました。

僕はそのとき巨根の覚醒を見てもいなかったですし、実際どれくらいのアダルトさがあるのかとかもよく知らなかったので、「とにかく会って話しましょう」と提案しました。

するとみのるさんは「いや、それはちょっと早いかな」と僕を拒絶。
僕は笑いながら言いました。
「わかりました、でも僕まだ巨根の覚醒を見てないんですよ。だから次の上映会で観た後で声かけますね」と食い下がりました。
するとみのるさんはボソリと言いました。
「じゃあ、平野くんには先に見てもらおうかな」

その数日後、自宅にDVDが送られてきました。
でもすぐには見る気が起きません。
6時間っていう長さもありますが、みのるさんの作品はけっこうえぐられるんで見るのに勇気がいるんですよね。
結局DVDに僕の手が伸びたのは、電話から一週間くらいが経ってからでした。

「巨根の覚醒」は巨根さんという自分の巨根と知識を武器にアートなAV制作を目指す一人の男のドキュメンタリーです。
はじめはみのるさんも彼を主題として何らかの結末をカメラにおさめようとするのですが、そのタイトルからは思いも寄らない方向に物事は進み、絶対にあなたがいま想像しているどんな結末よりも突飛で奇妙な着地をします。

これ以上詳しくは僕の語彙力では言えないので、気になる方はぜひ見てほしいです。

見終わってからすぐにみのるさんと電話をしました。
その日たしか4時間くらい話し込んだのですが、何を話したのかほとんど覚えていません。

いくつか覚えているものだけ挙げていきます。

まず一つは、僕に送られてきたDVDをなんとかすること。
これはつまりタダの代償です。
DVDをなんとかして誰か別の人に渡さなければいけません。
そのときお金はしっかりと取ってねっていうのも言っていたような気がします。

そりゃそうですわ、みのるさんからしたらこれはれっきとした仕事ですから。
そのために僕は考えなければならないという課題も同時に与えられました。

二つ目、僕とみのるさんは会わないまま終わるのが面白いので、このままいこうということ。
僕とみのるさんはおそらく偶然でない限り顔を合わせることはないということです。
僕がみのるさんを嫌っているとか、そういうわけではないです。
たぶんみのるさんも僕のことを嫌っているわけでもないはずです。
簡単に言えば、とても前向きないい意味で僕に対して何の感情もないように思いました。

で、とにかく僕はイベントでみのるさんがいてもなりゆきがない限り話しかけることはないと思います。
そもそも僕の顔を覚えてないっすね。

気づいたら朝の四時で、煙草を吸い始めたみのるさんも電話を切るタイミングを失しているようで、「そろそろ切りましょうか」と結局ふわっとしたまま電話を終えました。

それから一度もみのるさんとは連絡を取っていません。

結局僕はいまのいままで「巨根の覚醒」に対して何もできず、この雑文を書くにあたって、いま巨根の覚醒がどうなっているのかを調べることからはじめました。

DVDが発売されるらしいということはちょっと前から知っていました。
いつのまにか新しいティザー動画も公開されていて、あ、完全に俺は協力するタイミングを失ったな、と思いました。

沈黙していた巨根さんのツイッターも別のアカウント名で新たに開設されていました。
相変わらずなツイートです。
いまもアートAVを作りたいとか、ずっと同じようなことを言い続けています。

彼は端からみれば、痛い人で、かわいそうな人で、関わりたくない人です。
でも同じことを言い続けている巨根さんを僕はいまわりと尊敬しています。

「夢を語れ」と大人達は言います。
「語り続けろ」と成功者たちは言います。
「さすれば叶う」と先人達は言います。
それを鵜呑みにして色々な人たちがいま夢を語っています。

なんだか角が立つ言い方になっちゃってますが、これはとても良いことです。
言い続けて叶える人たちは少なからずいます。

でもこの年齢になってくると、昔と同じことを言っている人はほんのひと握りになってきていて、これまでとは何の脈絡もないものにみんななりたがっています。

それを批難したり、蔑んだりというのは1ミリもないですが、ただ寂しいという気持ちはあります。
きっとみんな色々な世界を見て、学んで、賢くなって、「あんなこと言って若かったな」なんて感じで、大人になるってこういうことなんだなあ。

夢を叶えること自体が難しいのは当たり前ですが、 “言い続ける”ということも同じくらい難しいんですね。

もう少し若い頃であれば結構真剣に聞いてくれることでも、年を重ねるに連れ、「だせえ」「大人になれよ」と諭されるようになります。
それが突飛であればあるほど人は馬鹿にしたり、それを阻むような、諦めさせるような、言った本人ですら疲れてしまうような言葉を投げかけてきたりします。

巨根さんは実はツイートとは想像もつかないほど大人です。
会社を経営し、自立した生活をできるだけのお金を稼いでいて、なのに同じ夢を語り続けているのは、「おかしい」「変な人」「狂ってる」としか言いようがありません。

でも僕との会話の中で、みのるさんから巨根さんを馬鹿にするような発言は一度もありませんでした。
僕も巨根さんを馬鹿にすることはできません。
人前でちんこ出せるし、言ってることはとてもふわふわしてるけど、未だに同じこと言い続けてるのって、もはや尊敬。

映像自体には当然終わりがあります。
けれども巨根さんとは全く別なところで完結し、それはそれでまた異なった人物による異なった感動があるのですが、やはり「巨根の覚醒」というタイトルを考えるとなんだか消化不良な感があります。

だから僕は巨根さんのツイートを見るたび映像の続きを見ているような気分になります。
健康的で生き生きとした彼の顔が浮かび、自分のムスコを自慢し、いつも子犬みたいにみのるさんの提案にうろたえています。

巨根さんのツイートは彼自身がこの映像の続きを演じているんじゃないかと思えるほど、みのるさんが撮り始めた頃とまったく変わっていません。
みのるさんや「巨根の覚醒」に対して否定的な内容のものばかりなんですが、皮肉なことにそれがとても宣伝っぽい感じになっているのもオツです。

いや、まあここまできて色々書いて「巨根の覚醒」をちょっといい感じの映像作品に魅せようと思ったんですが、これ以上は無理っす。

ここまで真面目な感じで書いてて、読んでもらって本当に嬉しいんですが、「巨根の覚醒」、もう一言で言います。
マジでくだらないっす!
ほんとにどうでもいいことばっかり映し出されていて、でもめちゃくちゃオモロいっす。

世の中ためになるものばっかり見てるんじゃつまんないじゃないですか。
まずは馬鹿みたいに酒飲みながら一人とか親しい人と見てみてください。
「この編集、悪意しか感じないわ」っていうみのるさんの意地の悪いところも出てます。

みのるさんは電話の中で1万円の価値があるかどうか、みたいなことも言っていました。
そのときはなんて返したか覚えてないですが、そんなん気にしないでいいと思います。
ほんで見た側はこの映画を1万円の価値にするために自分の中で消化させるための何かを考え出せばいいんすよ。
がんばろう、客!
俺払ってないけど!

結局僕がいまできることは、ここでHMJMとその周りの人たちのことを書き続けることっぽいです。
ハードルが低い気もしますが、すみません、みのるさん。
DVDは買います。
たのしみです。
平野大地プロフィール

1992年12月5日生まれ。
現在無職。
「テレクラキャノンボール上映会@日芸」の主催者。

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