あれからずっと熱っぽい vol.3
2016-03-10
コラムニスト:平野大地
2016年、初めて観た映画が「劇場版501」でした。
賛否両論、色々な意見や感想、批判があるみたいです。

映画を観て思ったのは、僕はみのるさんがすごく好きっていうことです。
あの洗脳されてしまいそうなリズムのしゃべり方とか、考え方とかたまらなくかわいいです。

だから映画としてどうかとか途中からどうでもよくなっちゃって、考えたり、もがいたり、泣いたり、楽しそうに(ほぼなかったけど)しているみのるさんを観て、「かわいいな」っていうのが一番はじめの感想です。
見終わった後で、この映画の主役は誰だったのか、なんて考えました。

たぶんシーンによってそれぞれ入れ替わるんで、全体を通して明確な主役っていうのは言えないですけど、でも強いて言えば主役、というかテーマは霜月るなという一人のAV女優です。

そもそも「501」はその彼女の夢を実現させるために動き始めたものでした。打ち合わせの時点では、みのるさんがけっこうハードなことを提案するにも関わらず「うん、全然平気」みたいな顔をしていて、僕は素直に「るなちゃんすげえな、やっぱAV女優って度胸あんのな」なんて思っていました。
でも映画が進むに連れ、だんだん彼女にムカついてきました。
すげえムカついた。
マジ、なんだよ、こいつ。

有名になりたい、でも何からやったらいいかわからないって言うから、みのるさんが必死で見せ場を作ってあげようとしてんのに、すべてに言い訳して、やらない自分を正当化する。
たぶん映画を観た方は同じようなやるせないというか、ぶつける場所が見当たらない鈍い苛立ちを彼女に抱いていたんじゃないでしょうか。
結局、観客に嫌悪感を抱かせたまま、るなちゃんは最悪の形でこの映画から姿を消し、そしてそのあと出てくる“将来のるなちゃん”に心を動かされることになります。

映画を見終わった後、僕は普段の彼女の仕事はどうなのか、ふと気になって、霜月るなちゃんの作品をいくつか観ました。
画面の中で彼女は必死に喘いでました。
普通にがんばってました。
あれ、なんだ、るなちゃん、ちゃんとAV女優やってんじゃん。

僕は彼女のTwitterも覗いてみました。
映画の中でみのるさんも言っていた、自撮りにこだわる彼女の姿は印象的でしたし、フォロワーの数にものすごい重点を置いている彼女がどんなツイートをしているのか気になっていたんです。

そこで僕はまた彼女への印象を変えざるを得ませんでした。
ツイートの内容のほとんどは自分の作品の告知とか活動報告的なことばかりなんですけど、ファンの返信にも丁寧に返事をしていて、映画での印象ほど独りよがりってわけでもない。
ブログもしっかりと更新していて、すごくマメな人なんだなっていう風にも感じました。

るなちゃんは確かに映画の中では最悪のキャラクターです。
わがままで、臆病で、ずるい。
映画を観た友人はずっと彼女の悪口を言っていましたし、僕もそのときは全面同意。
そして自分でも彼女に似ている部分があるから、気をつけようなんて思っていました。
そう、僕は彼女に“似ている部分”がある。
そして同じように、映画の中で映し出されているるなちゃんも“一部分”でしかないっていうことです。

僕がどうして彼女の肩をこんなに持つのか、それはこの映画がドキュメンタリーだからです。
作品を観た僕は、彼女に対してずっと最悪な印象しか持てない。
かつ彼女は実在していて、あの映画の中の彼女もぜんぶ本当の話。
ドキュメンタリーだからこそ、事実だからこそ、彼女はああいう人間なんだというのは絶対に否定できません。

でも、映画の中のるなちゃんは、彼女の全部じゃない。

僕は別にるなちゃんと知り合いでもないし、すごいファンってわけでもない。ただちょっとドキュメンタリーが怖くなった。
501の感想を調べてみると、色んな人が色んなことを言っています。
制作の裏側には、なんだか複雑な事情もあるみたいだし、色んな人の人生が変わってしまったっていう話も目にしました。

そして映画も感想も、そして当事者たちの話もそのすべてが面白い。
我ながら悪趣味だと思います。

「501」って結局なんなんですかね。
それがわからなくて、僕はここまで書くのに凄い時間がかかっています。
っていうかさっきから当たり前のことしか書いてない。

「映画のるなちゃんは一部分でしかない」なんていっちょまえに言ってるんですけど、そんなの皆が知っていることです。
るなちゃんのことを調べたら印象が変わってしまって、そんな類のギャップとか誤解とかは、日常生活でもありふれていることです。
でもこれは映画で、色んな人が観ているわけで。

しかも僕がこれまで観てきたような、そこにある事実を撮ったドキュメンタリーではなく、監督が深く関わって人間関係を故意に動かしながら事実を作っていくドキュメンタリーなわけで。
こんなの観たことないわけで。

とにかく「501」はすごく面白かったんだけど、なんか怖い。
いま、どうしようもなく怖い。

観た直後は、霜月るなちゃんと将来のるなちゃんことなつこさんの人間としての生き方というか、そういうところに感動して、「良い映画観たなあ」なんて呑気に考えていました。
でもいまさらながら、とんでもないものを観てしまったような気がします。

この作品まで自分のことを撮ったことはなかったみのるさん。
いままでの作品では女優と監督で共犯という関係だったのが、「今回は加害者意識が生まれてきちゃった」と完全版の8話で語っていました。
僕はいまこの感じです。

こんな風に映画の感想を書いている自分は加害者で、みのるさんと共犯なんじゃないか。
彼女達を語るということに凄く責任を持たなければいけないんじゃないか。
だってこの映画はドキュメンタリーで、ここに出てる人たち全員実在していて、いまも生きているわけで。
どこまでが映画というわけではなく、ずっと現実。

自分も加害者だなんて、自意識過剰でしょうか。
でもとにかく「501」っていう映画が怖い。

僕はいまIT系の会社に入社し、主にウェブサイトの記事を書いたりしています。
働き始めて一ヶ月。
深夜の2時とかまで働いていたり、休日も出勤していたり、でも文章が書けるっていうのもあって楽しくやっています。
ただ、深夜0時を回ると、頭がぼんやりして、ふとこんなことを思ったりします。

ここはドキュメンタリーの中なんだよな。
俺の目から見て、目に見えるもの、耳に聞こえること、頭に浮かぶこと、知覚できるそのすべてを俺は編集していて、ここが現実だって勝手に思い込んでいる。

「ドキュメントって“作る”もんじゃないですよね」
いまはそんなさらさんの言葉が虚しい。

ドキュメントってきっとみんなが勝手に作ってる。
この文章だって、僕の作った現実なわけで。

わけわかんなくてすみません。
たぶんもうこの映画について語ることはありません。
とにかく、とりあえず、これが僕の501です。
平野大地 プロフィール

1992年12月5日生まれ。
現在無職。
「テレクラキャノンボール上映会@日芸」の主催者。

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