あれからずっと熱っぽい vol.1
2015-12-24
コラムニスト:平野大地
初めまして。平野大地と申します。
先日、新卒で入った会社をスピード退職し、現在無職、先日23歳になりました。
現実社会と理想とのギャップを受け入れられず、フラフラしているその辺の若者のひとりです。
どうしてそんな僕がそうそうたる方々の名前が連なるこのコラムに文章を掲載させてもらえることになったのか。

まず僕とハマジムとの出会いから、みなさんにご説明したいと思います。

話は2014年の6月までさかのぼります。
その頃、大学4年生だった僕は、周りのみんなと同じように、“なんとなく”就活をしていました。
いったい何者になりたいのかさっぱりわからず、とりあえず映画や本、雑誌、自分の好きなものを扱っている会社の採用試験を受けていて、まあそんなメンタルでは当たり前ですが、あまり就活はうまくいっていませんでした。

そんなときある映画に出逢います。
元々映画が好きで、メジャー/単館を問わず様々な劇場に足を運んでいたので、その作品のうるさすぎるくらいの評判は必然的に僕の耳に入ってきました。

6月25日の東中野は、梅雨特有の粘っこい湿気が身体にまとわりついて、気持ちの悪い天気だった気がします。
僕はひとり駅の東口を出て、まっすぐポレポレ東中野に向かっていました。
数ある作品のポスターが貼ってある映画館の掲示板、その中でも一際目を引くタイトルが踊っています。

『劇場版テレクラキャノンボール2013 』

その上映中、僕が自分で何を考え思っていたのか、実はさっぱり思い出せません。
ただ、覚えているのは、その帰り、僕は東中野から新宿まで歩いたときのことです。
興奮していたのか、脱力していたのか、とにかくそのときどうしても電車に乗る気が起きなかった。
そして歩きながらずっと考えていました。
いったい自分はさっきまで何を観ていたのか。
映画? AV? ドキュメンタリー?

当時、僕は日大芸術学部の文芸学科に所属していました。
文章を書いたり、言葉を扱う仕事に就きたいと考え、この大学に入りました。
在学中には小説家や脚本などを書いて賞に応募したり、他にもWebサイトや雑誌を作ったりして学内で配ったりしていました。

けれどもその日、「テレクラキャノンボール」を思い出せば思い出すほど、自分がこれまで作り出してきたものに対して恥ずかしさを感じたのです。

これまであの男達ほど熱を上げて、何かに打ち込んだことがあっただろうか。
自分のタマが縮こまるくらい覚悟を決めたことがあっただろうか。
自分はヤル人生を選んできただろうか。

僕はそのとき思い知らされました。
自分が小手先ばかり、机上の空論ばかりに気を取られていたこと。
それは自分だけじゃない。
殊、自分の周りには同じように大学生という身分にかまけて見失ってしまっている人がたくさんいる。

新宿駅に着いて、僕は自分の身体が火照っていることに気づきました。
あの男達の生き様にこれまで経験したことのない熱を感じていました。

あれは映画なのか、AVなのか、そんなのどうでもいい。
この熱を僕は誰かにうつしたい。

そして、その年の11月、大学の学園祭で僕はこの映画の上映会を開催しました。

ハマジムのみなさんとお付き合いするようになったのはこのときからです。
そして先日、「俺もPGで文章書きたいなあ」というようなことをTwitterでつぶやいたところ、松尾さんから「書いてみる?」とまさかのお誘いをいただき、この文章を書かせてもらっています。

さて何度もしつこいですが、僕は社会人ですらない、単なる無職。
当たり前ですが、他の連載陣の方々はだれも無職ではありません。
そんな僕がここで何を書いたらいいのか……。

実は最初、この文章の内容とはまったく異なったものを松尾さんとPG編集長の岩淵さんに読んでいただいたんですが、めちゃくちゃダメ出しをされちゃいました。

内容は、引退してしまう上原亜衣ちゃんを惜しみ、先日発売された彼女の「かたりたがーる」を通して自分の彼女への愛を書いたものでした。
自分では、巧く書けたと思っていたんですが、いざ打ち合わせしてみれば松尾さんからは赤入れの連続。
そしてなにより「彼女への愛ってこんなもん?」という言葉に僕はハッとしました。
読み返してみれば、亜衣ちゃんへの愛を語る部分がたった一行でさらりと終わっていて、それからは小手先で繕ったお粗末な作品のレビューがズラズラ書かれているだけ。
自分の思いとか感情がほとんど表れていませんでした。
それは多分、そのとき自分が何を書きたいのか、しっかりと見定められていなかったからです。

そんなふわふわしていた僕に岩淵さんは「これから何がしたいの?」と問いました。
恥ずかしい話、一番困る質問です。
そのときはなんとか取り繕って応え、けれどもそれも多分見抜かれていました。
実際には、漠然としたやりたいことはたくさんある。
でもいま自分が何をしたらいいかわからない。

その打ち合わせで松尾さんが繰り返し話していたのは、どんな仕事でも目の前のことをとにかくやり切るしかない、一生懸命やるしかない、ということです。
すぐに辞めてしまった自分には見えない景色もある。
それを思い知らされた瞬間でした。

そして終始歯切れの悪い受け応えをしていた僕に、岩淵さんはこう言いました。
「いま書きたいものを書いてください」

僕はその打ち合わせの帰り路、歩きながら「テレクラキャノンボール」を思い出していました。
作品の内容だけではない、自分も含めた「テレクラキャノンボール」に関わるすべてのことです。
公開から2年が経とうしているにも関わらず、いまだに多くの人がこの作品の熱に触れ、様々な人がヤル人生を歩みはじめている。

僕もその人生を選んだはずでした。
前の就職先に内定をもらったのも、初めての彼女ができて童貞を捨てたのも「テレクラキャノンボール」を観てからです。
けれども退職してから数日、いまの自分は、何もする気が起きず、何をしたいのかもわからず、ヤラない人生を選びかけている。

家に戻り、僕は部屋の棚からDVDを取り出し、プレーヤーに入れました。
画面の向こうでは男達が必死に腰を振り、ライバルとそして自分と戦っています。

ああ、思い出しました。
僕はこのAVが大好きなんです。

思えば初めてテレキャノを観たあの日、僕の人生観はすっかり変わってしまいました。
たった一年半の間で僕は何度もハマジムの人々と彼らのAVに救われ、そしていま再び僕を鼓舞してくれています。

松尾さんと岩淵さんから言われたことを思い起こし、僕は考えました。
そもそもどうして「PGで書きたい」なんてつぶやいたのか。
それはBiSキャノンボールを上映した、静岡大学の学生さんが書いた熱い文章を読んだことがきっかけでした。
自分のハマジムへの愛を語りたいという思いの表れがあのツイートだったんです。
そしていまその場を与えられた僕にできることがもう一つあることを、松尾さんと岩淵さんは教えてくれました。
「もっと自分のことをさらけ出せ」

いまこのぼんくらな自分が書きたいこと、この贅沢な場所で自分ができること。それは、ハマジムのAVを観まくりながら、ヤル人生を目指してもがく20代ゆとり男子のオナニーと再生の日々の記録です。

2015年もそろそろ終わり。
くすぶったまま2016年を迎えてしまいそうですが、とりあえず再就職を目指し面接を受けています。
ここで働けたらなあ、と思っていたあるニュースサイトの運営会社が少し前から採用募集していて、どうせ自分なんか書類選考で落ちるだろうと思ってだらだら先延ばしにしていたんですが、あの打ち合わせの後、思い切って出してみました。
来週、まさかの最終面接です。
受けなければ落ちることもないのに、なんで受けているんだ、とも思ったりします。
でも何もない日々とは比べ物にならないほど、いますごく楽しいです。
ヤル人生って素晴らしい!
平野大地 プロフィール

1992年12月5日生まれ。
現在無職。
「テレクラキャノンボール上映会@日芸」の主催者。

会員登録はこちら
  • YOUTUBEのチャンネル登録する