ひらの通信 VOL.6
2015-12-01
コラムニスト:平野勝之
『映画と音』

友人がゴダールの映画「ヌーベルヴァーグ」のサントラを持っているようで、どうやら通常のサントラと違い映画の音そのまんまが収録されているそうだ。

いかにもゴダールじいちゃんらしい話だ。

現代音楽、クラシック、フランスのポップス、カラスの鳴き声、電話のベル、風の音、セリフ、スープを飲む音などが、無造作に、等価値で断片的にブチこまれているらしい。


僕はこの映画見ていないんだけど、思い出したのが、「地獄の黙示録」のサントラだった。


あれも確か、当時、レコードの二枚組かなんかで、映画のシーンがそのまんま音として収録されていた。

凄いサントラだった。

スピーカーの右から左へ、左から右へ。鈍くくぐもったヘリの音、ナパーム弾、ドアーズ、マーティンシーンのかすれたような低い声のナレーション、ワーグナーのワルキューレ、トランシーバー、無線ノイズ、爆発音、乾いた銃声、「ナメクジがカミソリの刃の上を歩く」と語るマーロンブランドの神経質なテープレコーダーの声、ジャングルの川を行くボート音、突如火花を散らす無数の弾丸、鉄のボートに炸裂する音、ノイズ交じりのラジオからストーンズ「ジャンピングジャックフラッシュ」



「地獄の黙示録」という映画は、ひらの的には前半100点、後半5点、という(笑)とんでもない映画で、それでも映画の神がいるならば、おそらくこの映画には降臨しているであろう映画なんだけど、まあ、そもそもこの映画はビットリオ・ストラーロという非常に優秀なカメラマンが撮っています。


このビットリオ・ストラーロというカメラマンは、バリバリイタリアンなお方で、普段はパスタばっかり食ってベルトルッチみたいなおぼっちゃま監督と、逆光の中、哲学問答しながら美しい男女の裸体なんぞを撮ってるようなカメラマンなんですね。

そういう人がだね、いきなり灼熱のジャングルに放り出されて「ヘリの数が足りない」だの、オウムの足を引きちぎってヒステリーおこしてわめきちらしてる監督を相手に(笑)パスタの代わりにマンゴーばっかり食わされて、ナパーム弾の匂いを嗅ぎすぎて、おかしくなって撮影したような映画なんです(笑)(笑)。


よく考えたら、ただ事じゃないほど笑えるんだけど、みなさんご存知のように、この映画、それはそれはトチ狂った凄いものがあります。


えーと…なんだっけ?そうそう、音ね。

もう、なんかここまで書いたらコーフンして力つきた(笑)


よーするにノイズだろうがクラシックだろうが何もかもが映画としてありえる。

むしろ逆だ。


ジャングルにワルキューレやストーンズ、ドアーズやらサーフィンやら、狂ったイタリアンやらが、等価値で混在するから映画なんです。


「地獄の黙示録」だと、もしかしたら映画そのものより、当時のそのまんまのレコードの音の方が、わかりやすくそういう事を物語っているかもしれない、と思ったのでした。

ひらの

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ひらの通信『地獄の黙示録』

前回のひらの通信で、「地獄の黙示録」は前半100点後半5点(笑)と書きました。


僕は基本的に映画の評価を数値化するのは好きじゃない。
ま、映画だけじゃなく、なんでもかんでも数値化したりお金に換算するのは正直嫌いです。



わかりやすいように点数みたいな形で書いちゃったけど、この映画は実は数値化できないから良いんです。


と、いうより、本当に凄いものの価値というのは、数値化なんかできるわきゃーないんです。



確かに数値化は、ある程度は分析したり、参考資料にしたり、経済的な事に貢献したりはできるかもしれない。しかし本当のところの価値は「大いなる謎」なんです。



数式の果てには無限大が待ち構えているように、この世には数値化できない事の方が多い。



おそらく、デジタル関係に深みを感じない事が多いのは、ここに大きな原因のひとつがあるようにも思う。



デジタルは便利だし、今は必需品だけど、数字の世界で、拡大していくと、そこには0か1、またはブロックの集合体があるだけで、グレイゾーンが存在しない。


だから都合はいいし管理には良いけど、基本的には面白くない。
デジタルが、ある種のSF映画のようにこれからエントロピーを獲得できるのか?はわからない。



「地獄の黙示録」より凄いシーンを描いているCGの映画は、今ならいくらでもあるでしょう。
でも、そういうのの大半は残らないんです。
また、これほど強烈な印象を残すものもあまりない。


じゃあ「地獄の黙示録」が素晴らしい映画か?と言ったら実は失敗作なんです(笑)



映画としては上等ではなく、例えばキューブリックだったら、こういう外しかたはありえない。
コッポラそのものは映画監督の資質はあまり感じられないし、僕はこの映画以外の「ゴッドファーザー」などのコッポラ作品にまったく興味がないし心も動かされなかった。


でも、この映画は失敗作だからと言って「つまんねー」と切り捨てる事ができない珍しい映画です。


そういうのが、たぶん映画の神が降りてきている。
そういう映画にお目にかかれるのは極めて少ない。

この映画のように、コッポラみたいな実業家タイプの人間が何かを勘違いして撮影しても、映画の神というのは降りてきてしまうものらしい。


この映画の最大の問題点は、コッポラが撮影してきた膨大な量と質の力技のフィルムに、当初から考えていたであろうテーマが完全に負けてしまっている事です。
コッポラはもしかしたらそういう事に自覚がないのかもしれない。


ワルキューレを爆音で流しながら、ヘリの騎兵隊がサーフィンをやりたいだけのために、ベトコンの拠点に奇襲をかける有名な名シーンは、映画的快楽が凄すぎて、まさに地獄が天国に変わる怖ーい瞬間が、劇とか設定とか、コッポラとかを越えた「何か」、がフィルムに乗り移っていて、鑑賞するというより体験に近い感覚を味わせてくれます。



こんなの見ちゃったら、いくらマーロンブランドが後半に出てきて「恐怖だ恐怖だ」と言ってみたところで退屈なだけで、説得力がまるでなく「なんや、こりゃ?」です(笑)


マーロンブランドだったら、前半の「ナメクジがカミソリの刃の上を歩いていく…」と神経質な声がテープレコーダーからノイズ交じりで流れてくるシーンがブッ飛んでて、マーロンブランドはこのシーン以上の凄みは残念ながら後半に見る事はできませんでした。
そりゃ、こんな壮絶にヤバげな奴が、ジャングルの奥地で好き放題やってるって聞いたら、アメリカ軍は「殺せ」って言うわな(笑)(笑)



そんな感じで前半はまさに「謎」が「数字」を駆逐する瞬間がフィルムに焼き付けられていて(この映画の場合、撮影などという生ねるい表現より焼きつけるという表現の方がピタリとくる)
僕は何度見ても興奮します。

失敗作のはずなのに、力技で何かを開いてしまっていて、正体不明のものまで写りこませてしまっている。
ある意味、映画の怖さをこれほど感じさせてくれる映画もなかなか無い、とは思ってます。

ひらの
平野勝之プロフィール

1964年生まれ。静岡県出身。映画監督。

アマチュア時代より8mmを中心とした映像作品を撮り続け、PFF等で高く評価される。
プロデビュー作はAV「由美香の発情期」。その後、「水戸拷問」「ザ・タブー」といった、ヌケないがひたすらに面白い傑作AVを数多く監督する。
1997年に女優・林由美香との北海道自転車旅行を記録した「由美香」が劇場公開され大ヒット。
その後も自転車旅行を題材とした「自転車三部作」を作り、厳冬期の北海道を自ら走って撮影した「白 THE WHITE」をベルリン国際映画祭に出品している。
2011年11年ぶりの新作「監督失格」を劇場公開する。

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