山口雅のやさしい味噌カツ vol.28
2018-03-16
コラムニスト:山口雅
梁井一監督のインタビューです。これまで対談や座談会でしか取材をしたことがなく、単独でじっくりお話を聞きたいと、ひそかに思っていました。念願叶ってお届けします。

面白いモノに出会うと「コレを考えた人の頭の中をのぞきたい!」と思ってしまいます。作品論や技術論も興味なくはないですが「なんでこんなコト思いついたの? どんな人が作ったんだろう」と、人間が知りたくてたまらなくなります。どんなふうに暮らしてきた人なのか、なぜそれを始めたのか…。
今までもHMJM界隈だとカンパニー松尾さん、バクシーシ山下さん、平野勝之さんはじめV&R関係の皆さん、タートル今田さん、岩淵弘樹さんにそんな話を聞かせていただきパンフレットを作ってきました。
作品だけでいい、作者のことは不要という方も多いのかもしれません。AVならば、さらにそうかもしれない。でも私は「その人は子どもの頃どんな遊びをしていたか」みたいな、知ってどうなるもんでもないことを、とても知りたくなってしまうのです。
梁井さんのそんな解体ヒント集、Q&A方式でお聞きしました。長文ですが、どうぞお読みください。



− 生年月日と、出身地を教えてください。

1983年6月13日。生まれたのは神奈川県平塚市。物心ついてからは茅ヶ崎でした。

− 小中学生の頃は、どんな子どもでしたか?

ちょっとひねくれた優等生。

− 部活は何をしていましたか?

スラムダンクの影響で小学校からバスケのクラブチームに入ってて、かなり上手い人だったの。中学でスラムダンクの世界を体現するつもりだったのに、入学した年にバスケ部が廃部になっちゃって「ガーン!」となりました。中学、高校は陸上部。

− なぜ陸上に転身したんですか?

走るのは速かった。中学は中距離で県大会決勝に行ったりして、かけっこは好きだったの。でも高校では映画を教えてくれる奴がいたり、だんだん興味が外に移り始めて何となく文科系になってった。

− 勉強はできたんですか?

進学校の高校に入っちゃった。高1から大学受験の話をされて、ついていけなかった。勉強もできなくなってった。

− でも、大学には進学されたんですよね?

中央大学の理工学部。周りの皆が滑り止めで入るところにギリギリ入った感じだったね。その時点で「俺の人生は真っ当路線ではいけないんだな」と思った。



− AVとはいつ出会ったんですか?

高校生の時かな。映画もAVも面白い映像として見てる詳しい奴がいたの。一緒にレンタル落ちのビデオを買いに行ったりしてました。

− カンパニー松尾監督のAVもその頃に出会ったんですか?

うん、それくらい。でもその時はあんまり分かってなかった。大学入学ぐらいがハマジムのpornograph期で、配信でしか見られなかったの。大学生が配信でAVを見るのは敷居が高いし、松尾さんやハマジムの存在もちゃんとつかんでなかった。大学の終わりくらいにパラトー(『パラダイス・オブ・トーキョー』)とかをだんだん知って。

− おうちは、どんなご家庭だったんですか?

親は公務員。警察官。

− 新卒でSOD(ソフト・オン・デマンド)に入社ですよね。AVの会社に就職するのは、反対されませんでしたか?

反対はされなかった。でもAVに行ったのは、親父の影響がすごく強いかも。親父は真面目な人で、真面目すぎる自分に「チッ」と自分で思ってるのが何となく分かって、大変そうだなと思ってた。コツコツ働く親父の背中を見て、もうちょいフザけて生きられたらいいな、とは思ったよね。うん、話してて思ったけど、親父がデカいわ。逆に、俺の弟は親父と同じような道に進んでます。

− SODでは、何から始めたんですか?

何をやりたいか聞かれて、監督やりたいですって。世間知らずの社会人1年目で、AV業界のお仕事のイメージが湧かない。AV監督しか分かんない。「監督なんてやらせてもらえないんじゃないかな」と思いながら3年近くADやってた。でも意外とイヤじゃなかったの。皆はイヤだとかキツイとかでどんどんいなくなったけど、ウンコのお風呂を作ったりして楽しかったよね(笑)。男性社員に「今度ロケがあるんで、おしっこやウンコはここにしてください」と言ったりね。面白かったよ。

− 最初からハメ撮りをしていたわけではないんですよね?

うん。SODには松尾さんみたいなロケに行く人も、ドキュメンタリーもなかった。勝手にそういう企画書を書いてたんだけど、全然通らない。「もっと面白い企画を考えろ」と言われるの。そっか、と思ったけど、ドキュメンタリーAVみたいな企画はしつこく書いてたね。会社に入ってからもハマジムのビデオはすごく見てたな。毎月全部買ってた。

− ハマジムはずっと好きなメーカーだったんですね。それとも自分の勉強のため?

両方かな。「こういうふうに撮りたいな」と思ってたかな。まり子さんあたりの時期かもしれない。ある時「タートル今田」という人が現れて「あ、新しい人だ。面白い。この喋りは何だ」みたいな(笑)。

− じゃ、ずっと見続けてたんですね。

見てた。全然今より見てた! その頃『私を女優にして下さいAGAIN』が始まって、すごく楽しみだったな。

− カンパニー松尾さんとの出会いは、大橋仁さんの写真集「そこにすわろうとおもう」の撮影ですか?

最初の面識は、SOD starの原紗央莉と松尾さんがドイツに行く『brown eyes』というAVの打ち合わせ。なぜか俺が呼ばれたの。俺の上司だったプロデューサーが「サオリンの旅モノを松尾さんに撮ってもらいたい」と。でもSODと松尾さんは付き合いがない状態で、ドキュメンタリーとか松尾さんとかいつも言ってた俺が、会話のつなぎ役として呼ばれた。「『僕の愛人を紹介します』がスゲー良かったです!」とかいう役(笑)。その後、俺がようやく監督1本目を撮ったら東良(美季)さんが見てくれて「ビデオ・ザ・ワールド」の山松対談に呼んでくれたの。で、大橋さんの撮影で松尾さんが声をかけてくれた。うん、楽しかったな。SODでのフラストレーションが日々、溜まっていた頃だったから。

− もう渡りに船みたいな気持ちで?

イヤ、なんだろ、俺の性格だよな。「ハマジムに入れてください」と自分からは言いづらい。バクシーシ山下とかカンパニー松尾はスーパースターで畏れ多い存在だから、モジモジしちゃう(笑)。そのうち松尾さんから「SODを辞めてウチへ来るのはどうだい」みたいな話があり「行きます」ってハマジムに入社しました(笑)。



− はい。じゃここからは一問一答でいきます。梁井さんは、自分がカッコいいと思っていますか?

えっと…ありがたいことに、30歳くらいからそういうものとして生きてます。20代はそんなふうに思ってなかったけど、社会人になってそういうふうにイジられるから。まあ、素直に親に感謝。

− 昔からモテ人生を歩んできたんですか?

歩んでない! 全然歩んでない。大学時代の終わりくらいにちょっと女の子に触れられるようになった。ハタチくらいで女を知り、経験を積んでいくまではコンプレックスはあったよ。女の子が怖かったもん。

− カッコいい人はAVを撮る時にもトクですか?

第一印象だからね。若さとかもね。でも俺ももう34で、もうすぐ35になるから以前のようにいかないことを少しずつ感じてます。

− AV監督になって、女性の見方は変わりましたか?

…難しい質問をするなあ。変わって…、ない。変わってない。ハタチくらいで女性と触れ合った時「女性にはかなわない」という感覚があって、女の方がスゴイって価値観はずっと変わらない。

− AV監督に必要なものは何だと思いますか?

思い込み力、勘違い力。俺はそれが足りない。足りないと認識しながらAV監督をやってる。

− エリザベス宮地さんみたいな思い込み力ですか?

あ、宮地さんはAV監督に向いてるんじゃない? 松尾さんとかもやっぱりスゴイじゃん。いろいろ決めつけちゃう感じ。そこに落とし込ませちゃうのがスゴイ。俺はもっと聞いちゃうし、人の機微を感じちゃう。松尾さんのビデオを見ると、あんまり人間扱いしてねーなと。でもそういう方がAVっぽいと思う。

− 松尾さんに影響を受けたのはどんなところですか?

ハメ撮りを志してるところかな。今は近くで仕事してて、もうただの憧れじゃないから編集技術とかかな(笑)。 



− 撮りたいと思う女性はどんな人ですか?

んー。カラダが綺麗な人がいいな。

− 自分の個人的な好みと撮影したい女性は、別なものですか?

自分の好みはあんまりアテにならない。俺は何でも好きになれちゃうんだよね。撮ってて良いのは、自意識というか自分のことに冷静じゃない人の方がいいね。

− 梁井一という名前は本名ですよね。本名でやってるのは理由がありますか?

本名です。SOD時代の名残っす。歴代本名の社員監督たちがいて、この人スゴイなと思えた人の真似をした。

− なぜ今の奥さんと結婚したんですか?

子どもができて結婚を決めたけど、一人目は一回流れたの。でも「じゃ結婚もなし」とはならなかった。やっぱ結婚したいよねって。そろそろ俺が30になる頃で、年齢もあったんじゃないかな。

− 結婚して変わったことは何ですか?

外泊が極端に減った。家に帰るようになった。

− 子どもが生まれて変わったことは何ですか?

自由に使えるお金が減った。結婚した時はそんなに変わらなかったけど、経済的に不自由になった。

− AV監督としては、子どもが生まれて変わったことはありますか?

それは自分では分かんねーな。意識して変えてるつもりもないし、意識して変わろうとしてるつもりもないし。

− 奥さんがAVに出演すると言ったらどうしますか?

どうしようかな…。松尾さんに撮ってもらおうかな。いや、松尾さんじゃねーか。誰がいいかな。安心できるところに預ける。

− 「そんなの許しません」ってわけではない? じゃ「出たい」と言ったら?

大変だからやめなって言う。得るものと失うもののバランスを考えた時、絶対に失うものの方が大きいよね。大変でしょ、やっぱAVに出ちゃうのは。

− 娘さんがAVに出ると言ったらどうしますか? という質問も同じ答えですか?

そうだね。娘…。良い事務所を紹介するかな。「出るとこうなるよ」と説明はするけど。まだ娘のイメージがあんまり湧いてないかもな。見た目、男か女か分かんないもん(笑)。

− AVの撮影中も結婚指輪を外さないのはなぜですか?

外すと忘れちゃうの。取ってお財布に入れてると指輪の存在を忘れて、つけずに家に帰っちゃうの。それをやると嫁が悲しむの。それがもう面倒くさくて。

− それが理由!?(笑)もっとなんか意志があると思ってた…。

そうですよ。でも後からちょっとついてきたりもするよ。その映像を自分で見ると「これはこれでいいな」とも思う。やっぱね、大変です。一人の女を常に幸せな状態にさせておくのは。

− 先日の松尾さんの『アイキャノ』インタビューでも結婚の話が出て、『豊田道倫 映像集3』の中でいわれる「結婚して子どもが生まれると濁っていく」という話を聞きました。

やっぱり子育てを始めると、どうしても生活感が出ちゃうからね。表現という言葉に対しては、確かに濁りにはなる。それだけを考えているわけにはいかなくなる。紙オムツのこととか考えないとね。生活感は、結婚より子どもがデカい。でも楽しいけどね。「人としての営みをしてるな」ってのもあるじゃないですか。それが結構楽しい。ま、あんまり参加してないけど(笑)。たまに参加するから楽しいとかいう感じなのかも。



− ハマジムは、梁井さんにとってどんな場所ですか?

ここにしかない場所だよね。なくなったらこれに代わるものはない場所。本当にそう。本当にそうなの。まだ外にいた頃は、AV界の聖地みたいに見えていた。それは今も変わらない。AV業界にありながら極端に外の人との交流が少ないメーカーで、現場に男優も技術スタッフも呼ばない現実的な話もそう。やっぱ、ある種の聖域だよ。
外注で撮影してると、普段やってることがいかに普通じゃないかを思い知るの。女の子と2人でフラッと出かけるなんてあり得ない(笑)。そういうことをしてるんだなーと改めて認識すると日々の何気ない撮影も意識的にやれて、外注も悪くねーな、と感じます。

− ハマジムは一昨年、人員が減ったりしましたが、タートル今田さんや岩淵さんが抜けたあたりはどんなことを考えてましたか?

しんどかったよ。「残されちゃったな」と、しんどい気持ちでした。やっぱ落ち込んでた。

− 今も苦しい状況にはありますよね。梁井さんとしては、最近どうですか?

今もね…、すごく閉塞感はあるよね。もちろん売上が上がらないのもある。あと毎月のタイトル数が減って、メーカーとして月2タイトルで女の子を2人キャスティングするだけになる。フン詰まりみたいな出口の少なさも感じるね。ハマジムという会社としても停滞感、運動量が少ない感じがある。

− 単純に、仕事量が減りますよね。

そう、減る。仕事量が減れば売上も減る。外の仕事で補ってるけど、そのエネルギーをちゃんとハマジムの中で回したい気持ちがすごくあるよね。詰まっちゃってる感じ。だからアイキャノの映画とかがきっかけになればな、と思う。

− 梁井さんにとって良いAVとは、どんなAVですか?

うーん…。いろんなチャンネルがあるけど…。大きく言うと、ちゃんと人の欲が映ってること。それが映ってれば良いAVなんじゃないかな。

− それは、性欲だけじゃなくて?

そう、性欲だけじゃない。そうだね、例えば昔の山下さんのビデオは、見たことないものが見れちゃう面白さがある。未だにAVを撮る時そういう気持ちもあるね。「こんなん見たことねー」というものが撮れるといいなって思う。…この質問、松尾さんはなんて答えるんだろうな。

− では、引退したら、やりたいことは何ですか?

今、12〜13年やってるんだけど「いくつまでやるのかな」とたまに考える。体感的にもう12〜13年はやれそうだな、とか。そっから先はあんまり想像できないけど、そうすると40半ばくらい。今の松尾さんにまだ追いついてないんだよ。

− もしも別の人生があったとしたら、やりたいことは何ですか?

やっぱ、サッカー選手か、ロックミュージシャンじゃない?(笑)

− はい。ありがとうございました!
山口雅プロフィール

名古屋市在住、会社員。

世界の片隅でタウン誌や映画誌の編集をしています。

2014年6月「テレキャノ名古屋非公式BOOK」をきっかけに、『劇場版テレクラキャノンボール2013』Blue-ray特典ガイドブックを取材編集。
名古屋の自主上映主催は2014年12月「アラウンド・ザ・テレキャノ」「テレキャノ英語版」「バクシーシ山下の社会科見学」「劇場版 どついたるねんライブ」「カンパニー松尾の世界」など。
非公式BOOKも上映のたびに作り続けてます。

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