山口雅のやさしい味噌カツ vol.23
2017-06-13
コラムニスト:山口雅
前回のコラムで、キム・ギドク監督の衝撃作『STOP』出演者インタビューをしました。
今回は「ギドクのことなら俺に任せろ」な、カンパニー松尾さんによる解説インタビューです。真ん中くらいから少々ネタバレありますので、知りたくない方はご注意を。

『STOP』を見た私があまりの破壊力に困り果てていたところ、松尾監督から「答え、言っていいですかー?」と楽しげにご提案をいただきました。
答え?! 答えってなんだ。映画の見方に答えなんてないですよね。しかしその「答え」は確かに腑に落ちるもので、なるほど納得な気がしました。ギドク映画の読み解き方。その「答え」とは?
先に言いますね。『STOP』は「ギドクと初めて出会い直せる映画」だそうです。松尾先生による解説、ご紹介します。

***

− 松尾さんは『STOP』を、去年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭でご覧になったんですよね。

そうです。キム・ギドクが原発をテーマに日本で撮ったことは知ってました。ギドクは映画祭でかかることが多くて、その後半年以上おいて劇場公開されるパターンが多い。これも2015年の釜山映画祭で上映されたけど、都合が合わずどうしても行けなかった。僕は釜山まで行くつもりでした。ギドクのことがそれくらい好きなわけです。

− 熱狂的なギドクファンですね。

熱狂的です。今までの劇場公開作の9割は劇場で見てます。ただし後追いで、リアルタイムでは『絶対の愛』(2006年)以降だから、大したことないです。
きっかけはソフトで『悪い男』(2001年)を見てからですね。「こりゃスゲー」と遡った。未ソフト化作品の特集上映があり、毎日通ってほぼ全作見た。以降の公開作は全部劇場で見ました。

− はい。

今のは自慢なんですけど。ギドクは解説本(「キム・ギドクの世界 野生もしくは贖罪の山羊」)が一冊だけ出てるんだけど、『アリラン』(2011年)が上映された東京フィルメックスの時には、なんと本人に直接そこにサインしてもらった。

− へえー。

キム・ギドクにね、直接。

− あっ、今のも自慢。

自慢です。ギドクの周囲にお付きの人たちがいる中で、僕は係員の一瞬の隙を突いて人生最高の素晴らしい動きをしました。当日券で劇場の廊下に並んでたらギドクがエレベーターで現れたの。僕はイチ早く気づいたから一目散に駆け寄って、カバンに忍ばせてた本とマジックをサッと出して「サイン、プリーズ!」って。ええ、自慢です。
誰かに直接サインをもらったのは人生二度目。V&Rの社員時代、社員旅行でハワイに行ったら、空港にポール牧がいたんです。山下が「サインもらいに行こうぜ!」って言い出して、なぜか俺もサインをもらった(笑)。余談ですけど。
で、そんなギドクオタクの僕が、ゆうばりに『STOP』を見るためだけに行ったわけです。
期待して見たんだけど、正直、みんな何て言ったらいいか分からない複雑な顔。僕は椅子から転げ落ちそうになりました(笑)。
テーマは真面目なんだけど、あまりに日本の描写がおかしすぎる。でもギドクの映画は、いつも一つ一つのシチュエーションはチープです。そんなギドクには慣れてるはずなのに、今回は舞台が日本、役者さんも日本人。韓国が舞台で韓国の役者さんなら、画や脚本、テーマがすんなり入ってくるんだけど、今回は日本人として「この場所でこんなの、おかしいでしょ!」「いやいや、この距離を往復するのは結構大変だよ!」とかが多々あって、椅子からズルズル滑り落ちたんですよ。

− ツッコミどころが、すごくありますよね(笑)。

すごくあった。それを含め、正直最初の感想は「がっかり」が大きかったんです。笑えるかというとそれも微妙で。

− テーマは原発だし、笑うこともできないと。

そうなんです。例えば『メビウス』(2013年)はケタケタ笑えたの。親子でおちんちんを切る話(笑)。ギドクファンはあれをユーモアと捉える部分もあり、和やかに見れた。笑ってる人も結構いたし。
ギドク本人はいつも至って真面目なんです。『殺されたミンジュ』(2014年)も、笑わせる気はなくても笑っちゃう所があった。でも『STOP』は笑えなくて、困っちゃった。
ゆうばりにはギドク本人も来てて「とんでもない原発事故が起きた日本の福島を、韓国から見て描いた。事故を忘れないために映画として残すことが使命だと思った」という話が印象的でした。
日本人から見た福島と、ギドクから見た「原発事故が起きた福島」はだいぶ捉え方が違うなと。例えば僕ら日本人がチェルノブイリを見て「大変な事故が起きたぞ。今後何十年も苦しむだろうな。酷い状況らしいな」と思う。そういうふうにしか理解できないから、日本人として『STOP』には違和感があるのかなと。それが、本人の言葉からの僕の解釈。
で、その後、最も腑に落ちることを言ったのが、ゆうばり映画祭のディレクターでギドクファンの塩田(時敏)さんです。塩田さんが「この映画はもう一度ギドクと出会い直せる映画です」と言ったんです。
つまり、今回ギドクは初めて日本で撮った。日本語で日本人俳優で、日本の芝居でギドクが福島を捉えた。ギドクは今まで韓国社会の歪みや韓国の恥部を描いてきた監督です。だからギドクの韓国内での評価は低かった。一部の映画人や国際的評価とは別にね。

− 「ギドクの映画は韓国ではお客さんが入らない」と聞きますね。

世界の三大映画祭で賞を獲ってるのに韓国映画界からは無視されて、一人で戦ってる監督。俺はそういう監督だと知ってたつもりだけど、この『STOP』で、初めてそれが日本人に当てはまった。今まではギドク作品を外国映画として見られたけど、今回は日本を舞台に生々しく描いたことにより「いや、ちょっと、テーマは分かるけど、どうなんですかね?」と感じてしまう。ギドク自身は変わってないんだよ。

− 違和感、やりすぎ感が、改めて分かりやすくなってしまった?

そう。今まで韓国人が感じていたことを、多分僕らが感じてるわけ。「ここ、おかしくねーか?」という部分も感じることができた。
実はこれがギドク映画のカギになっているんです。ギドク自身も「僕の映画は一枚の絵。通常の映画は横に流れていく。でも僕の映画は一枚の絵として縦に並べてくれ」と。もともと彼は画家だったし、いろんなことが描かれた一枚の絵として考えてるらしい。「それが複合されたものが僕の映画だ」と言ってる。確かに『STOP』を一枚の絵として考えれば、テーマも描きたいこともすごく見える。でも映画って絵じゃないからね(笑)。ギドクが好きならそこは許し、そういうふうに見るしかない。カッコつけた言い方すると「心の目で見る」。

− ギドクの独特な表現方法ということ。

起きてる事象だけを捉えて「ここがおかしい、あそこが変」と言うとギドクの映画は見られない。昔からそういう傾向があるんです。だから、残忍な描写の多いただの暴力映画として見ちゃうとダメ。暴力ふるう側にも理由があり、その道で生きている人にも生き方がある。善悪ではなく常識に捉われないものをギドクは見せている。すごく強いメッセージがあるんです。『悪い男』も『悪い女』もそう。
ギドクは、安達かおると共通する部分があると思うんです。本来、映画は「何を撮るか、どう撮るか」というものだけど、ギドクは「どう撮るか」が抜けてる監督なんですよ。「何を撮るか」だけなんです。普通はみんな「どう撮るか」に執着する。例えば『スター・ウォーズ』とかも、ストーリーは大したことないじゃん。星から来て、愛だの恋だのって。俺に言わせりゃ「知らんがな」って話。すごく派手に戦ってるわりには、愛とか恋とか言っちゃって(笑)。

― 話自体は単純っていう映画は多いですね(笑)。その見せ方ですよね。

そう、「どう撮るか」に終始してるわけ。だから俺はああいうのキライなんですよ(笑)。
ギドクは全然違う。撮り方、つなぎ方はどうでもよくて、言わんとしてることがすごい。そこがギドクの持ち味。
そうやって『STOP』も楽しみたかったんだけど、日本人としてちょっと気になっちゃった。だから塩田さんの言葉で「これはギドクの映画を見る上で、踏み絵みたいな作品なんだな」と思った。
そういう意味でも『STOP』は、心の目で見る映画。それと監督が一人で日本へ来て一人で撮ったことは、本当にスゴイことだと思う。本来はあんまり映画が誇れることじゃないかもしれないけど、『STOP』の圧倒的な描き方と行動力には、やっぱり見るべき映画だなと思います。みんな見てほしいよ。

― 「ギドク作品としての見方」以外の部分で、内容的には、松尾さんはどうでした?

俺は、最後の子どもの話になるところは好きだけどね。人によってはどうなんだという展開だろうけど、今までギドクの映画で、来世的なものを描いた作品ってないんですよ。

― 来世?

俺はあれが来世に見えたの。未来の話を入れたのが好き。今までのギドクは現世の話、復讐や執着の話が多かった。未来の話をしてこなかったはずなの。俺は、次の世代の子どもに能力が備わったと思った。原発による被害に相反するものとして予知能力が備わった。もしかしたら次の地震は、次世代の彼らが防いでくれる。

― あれを次世代と受け取ったんですね。しかもすごく前向きですね!

前向きに受け取っちゃった。障害ではなくて能力。

― 欠けたんじゃなく、増えたという取り方。すごい!

うん。そのことによって得た能力。そういうメッセージだと思って受け止めました。だから地鳴りが聞こえたり、そういう力を持つことになった。
これはねぇ、ガンダムと同じ話なんですよ。

―(笑)え、そうなんですか。

ガンダムは、地球で生まれた人と宇宙で生まれた人の話なの。地球に生まれた人は己の欲に囚われてるわけです。地球はもう資源がない。でも宇宙は地球と違って広大で無限だから、フラットに物事を考えられて個人の欲も抑えられてる。共存共栄を最初から目指してる。そこに備わったのが洞察力や直感や第六感で、それがニュータイプなんです。しかし残念なことに人類は地球の論理で動いてるから、その進化した能力が戦争に利用されてしまうんです。それがガンダム。

― ガンダムって、そういう話なんですね(笑)。

そうなんですよ。ガンダムにはニュータイプならではの苦しみがあり「戦いたくない!」と言ってるのに戦闘能力が高いから戦場に放り込まれるんです。アムロは「お前が戦わないでどうするんだ」と怒られて「こんなことしたくないのに」と言いながら、みんなに「アムロ、お願い」って言われて「アムロ、行きまーす!」と。

― (笑)ガンダムが出てくるとは思いませんでした。

要するにね、ギドクが次世代に託したのは初めてなんです。新しい能力を備えた人間が生まれた話と捉えました。

― そっかー。なんか、すごくいい映画みたいですね!(笑)

***

私自身は、ギドクの熱狂ファンというわけではありません。数年前まで「残忍で、とにかく痛みの描写がキツすぎる監督」と、避けていたくらい。『悪い男』をDVDで見て感激し、以降はギドク映画を楽しみに待つ一人になりました。
カンパニー松尾さんによる解説、私は納得しました。そしてそれ以上に、私が不安感に包まれてしまったあの映画のラストを前向きに受け取ったという意見にビックリし、「なんて良い受け止め方なんだ!」と、すごく救われたような嬉しい気持ちになりました。

最後に、名古屋シネマスコーレ・木全純治支配人の見解もお伝えします。
「上映不可、幻の映画」とまでいわれた『STOP』をシネマスコーレは大絶賛で、強気の大プッシュ。3週間、1日2回上映のロングラン中です。絶賛の理由とは?

・誰も手を出せなかったタブーに挑んだ映画であること。
事故後の福島で「逃げる or 住み続ける」という2択を迫られた時、「大丈夫だから住み続ける」を選ぶ登場人物がいる。それは放射能の年間被爆量の上限値を上げた日本政府が推し進めている現実ともリンクする。国が大丈夫だという地域に住み、その結果どうなるかまでギドクは強烈な描写で見せた。いまだ誰も手を出せないタブーに挑んでいる映画。

・危険を回避するための具体的な方法を提出したこと。
主人公は原発がない世界を強く望む。そのために取った行動は単純明快。直接的な方法でそれを実現しようとする。これはフィクションなので、その方法が正しいものかどうかは観客が考えればいいことであり、日本人監督が今まで誰も見せられなかった答えをギドクは映像で提出した。たった一人で。

『STOP』、見てない方はぜひご覧になってみてください。
以上、有識者による解説でしたー!






山口雅プロフィール

名古屋市在住、会社員。

世界の片隅でタウン誌や映画誌の編集をしています。

2014年6月「テレキャノ名古屋非公式BOOK」をきっかけに、『劇場版テレクラキャノンボール2013』Blue-ray特典ガイドブックを取材編集。
名古屋の自主上映主催は2014年12月「アラウンド・ザ・テレキャノ」「テレキャノ英語版」「バクシーシ山下の社会科見学」「劇場版 どついたるねんライブ」「カンパニー松尾の世界」など。
非公式BOOKも上映のたびに作り続けてます。

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