『劇場版501』初回上映後、カンパニー松尾インタビュー
2016-02-10
コラムニスト:カンパニー松尾
2016年1月9日、お正月レイトショーを終えた直後、プロデューサーのカンパニー松尾へインタビューを行った。
連日満員札止めを記録し、新年から巻き起こした501現象とはいったい何だったのか?

『501』プロデューサー、カンパニー松尾インタビュー

「最初の一声は『劇場版501』の中でもチラッとふれてますけど、『劇場版テレクラキャノンボール2013』が思いがけずヒットしたんですね。2014年の2月に公開して、その次の3月の上映の時にようやく打ち上げをしたんですよ。ひもの屋っていうオーディトリウム渋谷(渋谷ユーロスペースの階下にあった映画館。2014年に閉館)に近い24時間やってる居酒屋に行って。そこで飲んでた時に、オレが調子に乗って「じゃあみのるちゃんにご褒美あげるよ、好きなもの撮りなよ」って言ったんですね。というのも、みのるちゃんは『テレクラキャノンボール2009』から参加してもらってるけど、ハマジムで外注で作品を出すことはなかった。まあ軽いノリでみのるちゃんの一本出したいなって。その頃、みのるちゃんはドグマ(AV監督TOHJIROが立ち上げたAVメーカー)の社員かと思ったらそうでもなくて、他のメーカーの外注も受けてたんでね。そしたら、たまたまその飲み会のちょっと前にドグマで面接した大阪の女の子がいて「有名になりたい」って言うから、彼女を有名にするドキュメンタリーを撮りたいってみのるが言うの。そんでオレもテキトーに「いいよー」って。でも女の子が見たいんでハマジムに呼んでもらって、それが劇中の面接シーンですね。で、オレがOKを出して『501』がはじまったと」



「それで、みのるが大阪に主演女優のるなちゃんの撮影に行ったんだけど失敗して、夜中に電話があったんだよね。「失敗したんで諦めて帰ります、カラミ撮れませんでした。それでもいいですか?」って。で、「いいよ。じゃあ仕切り直しでとっとと帰って来い」って言ったんだけど、みのるがそれにカチンときた、というか燃えたみたいで「いや、ただじゃ帰れないんで粘ります」ってメールがきたんだよね。そっからテレクラ行ったり、ナンパしたり…、そんでvine(6秒間の動画を手軽に配信することが出来るアプリ)が功を奏して一人だけ撮って帰ってきた。「なんとか大阪の形は撮れました。でもるなちゃんはダメでした」ってハマジムに報告があって、その時点でオレはお節介で次のキャスティングを用意してやったのよ」



「たまたま『僕と企画女優の生きる道』(2006年、ビーバップみのる監督作)の主演の女の子がAVに復活したんですよ。オレと梁井で話して、じゃあもうあの子に向かった方がストーリーがあるなってことにしたんだけど、どうにもこうにも、みのるは用意されてるみたいで嫌だって。やっぱり『501』をやりたいって。そっからは怒涛の狂人化ツイッター攻撃がはじまると。まあ好きにやりなって言って、主演女優集め、顔射大会、豚、色んな人の顔射、っていうのはみのるが勝手にやってるんだよね。顔射大会は大変だった。主演女優を増やしはじめて、面接をしつつ膨れ上がっていく中でハマジムも巻き込まれて、もうルールは複雑だし応援物資とか色んな人を巻き込んじゃったから予算も膨らませて。顔射大会に俺は行ってないの、俺が行っちゃうと色々とアイデアを出しそうで、とりあえずほかっとこうって。そしたらハマジムが物資の山で埋め尽くされたり、懇意にしているビデオショップの人が旗を作ったり、みんなボランティアで集めちゃって。現場を任せた梁井が大変だったんじゃないかな」



「なんやかんややったけど終われず、豚も一発で仕留めきれず、何度も豚のロケをして…。劇場版見てくれた人はわかるけど未来のるなちゃんを見つけてようやく撮影を終えたんだよね。それが2014年の10月くらいかな。一旦パタッと終わって今度は編集がはじまったんだけどそこからも長旅で、最初に見たのは2015年の春くらいだと思うんだけど、すごいひどい8時間版だったんだよ。ハチャメチャでみのるの悪意が爆発してて、これはまずいぞって話になって、そっからみのるの作り直しがはじまった。えーと8時間版だけでも2、3回は見てるかな。それでみのるは飽き性だから8時間版を作りながら2時間40分バージョンを幾つも作りはじめて、その日知り合った人を家に連れ込んで『501』を見せるっていうのをやってて、何をやってんだかってオレは思ってたんだけど…」



「AV OPENのタイミングで「そろそろいけませんか」ってみのるに言ったら無理で、そうこうしてたら8時間版を完成させて、それが前のバージョンより良かったから良しとしたんだよね。けどウチとして見えてたのは今回はDVDって言うよりもPGのリニューアルに『501』が欲しいって話で、それはそれで面白いかなって完全版はPGで配信することになった。だけどそれだけじゃなくて、みのるがハチャメチャになって面白いから劇場版も作りたいなと思った。9月か10月くらいに強引に先に劇場を押さえて、そこに向かおうって。2時間40分版のごちゃごちゃしたものをユーロスペースの清水さんに見てもらって、1月2日からのレイトショーは決めてきた」



「清水さんは2014年にテレキャノを上映した時のオーディトリウムのスタッフで、そっからの付き合いですね。テレキャノの劇場版を作ってって言ったのはオーディトリウムの杉原永純さんで、清水さんは杉原さんの下だったんだよね。オーディトリウムはテレキャノの後にユーロライブに改装されて、清水さんは同じ傘下のユーロースペースに移った。その後も清水さんは常々ハマジムと何かやりたいと言ってくれてたんで『501』がどこで上映出来るか考えた時にダメ元で清水さんに話をしたら「何とか説き伏せます」ってね。ユーロスペースは基本的にお堅いのかな…と思ったんだけど、清水さんは一枠任せてくれって上に説得して、むりくりレイトショーの枠をもらってくれた。『501』は意外性のあるところでやりたいなと思ってたんで、もう願ったり叶ったりで」



「劇場は決まったけど、『劇場版501』はまだ完成してなかった。相変わらずオレの体たらくなんだけど、チラシも用意してなかったから編集しながら慌てて作ったり、それよりも作品が上がるのかしらっていうのが一番心配だったから、その場合どうやって土下座しようかなってずっと思ってた。最悪の場合は『劇場版テレクラキャノンボール2013』をかければいいかと思ってたんだけど、それも途中で(元旦に放送された『芸人キャノンボール』の発表を受けて)新春リバイバル上映を決めたので不安しかなかったですね」



「オレが本格的にみのると一緒に編集したのは12月に入ってからだな。12月の22、23、24と、29、30、31かな。そのくらいなんだよね、みっちり二人でやったのは。それまでは、それぞれが短くまとめてみて、お互いのデータを持ち寄ってハマジムのパソコンで合体させながら作ってた。みのるがずっと編集してたんだけどどうしても話が長くなるんで、とにかく尺の目標を決めて、単純に2時間を切ろうって。内容も含めてなんだけど、いかにまとめるかってとこで最終的に1時間58分版っていうのは俺もみのるも納得して、焼き上がったのが前日だし、納品したのが当日だしっていう。もうギリギリ」



「年越しも編集してたんだけど、時計は見てないです。イメージ的には紅白前には終わるでしょうって思って進めてたんだけど、編集してたら忘れてましたね。結局気がついたら年を越した3時くらいかな、出来上がったのが。大晦日にみのるがこそこそ電話とかメールしてて、何かあるんだろうなと思ってたんだけど、夕方にちょっと聞いたら格闘技の3万円のチケットを2枚取ってたみたいで(笑)。でもみのるは強いっすよ。「やりましょうやりましょう、がんばりましょうがんばりましょう」って。あっさり格闘技を観に行くことは諦めてた(笑)」



「テレクラキャノンボールが生んでしまった功罪というか、「ヤルかヤラナイかの人生なら、俺はヤル人生を選ぶ」ってみのるが言ったことをキャッチコピーにしてしまって、いい意味でみんなが走り出して、うちで言うと梁井が『劇場版どついたるねんライブ』を撮ったりとか、みちるくんが『GOSSIP BOYS』をやったり、『BiSキャノンボール』もあったわけだし、その中の集大成としてオレの中では『501』が一番デカかった。テレキャノもBiSキャノもみのるの功績はデカいんで。お客さんについては、最初の一週間はテレキャノのファンの人が来てくれるかなって思ってた。それで初日と二日目はバシッと来て、そこからは落ち込むかと思ったんだけど、跳ねちゃったのは3日目に伊集院光さんが見にきてくれて、その後すぐのラジオの生放送で「ハードル上げすぎないで見に行け」って言ってくれたのがデカかったですね。それを引き起こすのもビーバップみのるの魅力の内の一つだから、結果が出て単純に嬉しいっす」



「みのるはその場その場で編集するので、よく一週間盤を変えずに我慢したなっていうのが実は本音で、変更するのを止めたし、作業はハマジムでしか出来ないようにしたので、それは良かったかなと。盤を変えずに一週間ちゃんとやれて、お客さんも来てくれたんでいいんですけど、実際は内容として”あえて”回収せずにほっぽり投げたままにしている作りにしているんで、それに関してはみのるがやり直したいって言ってますね。わりかしみのるの世界観っていうのはシャレが多くて、事実をふわっと伝えてしまうので。それでもお客さんには予想よりも良く受け止めてもらえたかなとは思いますね」



「ハマジムとしては面白いものを提示出来たのかなとは思うんですけどね。みんなが満足するものって出てこないし、誰からもクレームが来ないものを作ってしまっても、僕らの世界ではあんまり良しとされないから。誰かの目から見ると傷つくこともあるし…、できるだけ多くの魂を回収しようと思いますけど、そこに向かって再編集があるんじゃないですかね(苦笑)」



「みのるは一生落ち着かないでしょ、この件に関しては。彼にとって劇場公開っていうのは、はじめての体験だし。上映がはじまって師匠のTOHJIROさんに呼ばれたみたいなんです。「劇場で上映されることは幸せなことだからおまえもちゃんとサービスしろ」ってTOHJIROさんが言ってくれたみたいで上映後に変な握手会がはじまったりとか(笑)そんなこんなもみのるのいい経験にしてほしいな。でもあいつは経験を積んでもややこしいからなー(笑)」



「AVっていうフィールドで作ったものをあえて劇場でかけるっていうのは荒技なんだけど、その方が人が見にきてくれるところがあって、例えば動員の人数の方がDVDの枚数よりも上だったりするんだよね。だったら、そこにちゃんとアプローチしたいなって。でもAV作りとの二足のわらじなのでチラシが追いつかなかったりもするんだけど。でも、でも、喜んでくれればいいんだけどな。単純に、見にきた人が喜んでくれればそれでいいんだよね。映画屋さんになりたいわけじゃなくて、AVを使って何か面白いことをしたいってだけだよね。あとAVにしか出来ないこともあるんで。大層なことではなく、AV発のドキュメンタリーって、そこにしかないものが必ずあるから。」
カンパニー松尾プロフィール

AV監督。1965年愛知県生まれ。

1987年、童貞でAVメーカーV&Rプランニングに入社。
翌88年、監督デビュー。特技はハメ撮り。趣味はカレーとバイク。
1996年、V&Rを退社しフリーとなり、2003年、自身のメーカーHMJM(ハマジム)を立ち上げる。
代表作として『私を女優にして下さい』、『テレクラキャノンボール』など。
2014年2月『劇場版 テレクラキャノンボール2013』が公開され大ヒット。
さらにアイドルグループBiSの解散ライブを追った『劇場版 BiSキャノンボール2014』が2015年2月に公開されヒットし、ちょっと調子に乗っている感あり。

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