カンパニー松尾のPG by HMJMお宝発掘ガイド VOL.2
2015-10-23
コラムニスト:カンパニー松尾
PGの歴史、その2です。
2004年に始まったPG、当初は高画質なヌードグラビアサイトだった、という話を前回書きました。

で、その頃、僕は何をしていたかというと、ハマジムのお金をじゃんじゃん使っていました。
後に伝説?となる初期オリジナル7の制作の真っ最中でした。
浜田がPGを始めたのは、僕が進めていたオリジナル7が「もしかしてコケるかもしれない」という予感の元に、
保険の意味も込めて始めたプロジェクトでした。

そのオリジナル7とは、2004年4月から2004年12月までに発売されたハマジムオリジナルDVD7作品の通称です。
7作品とも僕が監督、もしくはプロデュースしました。
第1弾は僕のシンプルな(かつ滑稽な)ハメ撮りを2パート収録した『ハメドリズム』。
まあ、これはフツーのAVです。
第2弾はPG初期から関わりがあった松江哲明監督の『日韓中 在日ドキュメント アイデンティティ』。
AV界に少なからずいる在日の女優さん、男優さんを松江君自身が在日三世という立場から彼らの生き様を
セックスを交えて記録したドキュメンタリーです。
(後に一部再編集して『セキララ』と改題し、劇場公開もされました)
第3弾は僕のお得意の全国素人志願兵(自らAV出演を希望する素人女性)の元へカメラ片手に旅するハメ撮りロードムービー
レディコミ志願兵出張撮影ドキュメント オークション01』。
第4弾は2004年8月に開かれたアテネオリンピックにちなんで、その1年前、2003年に前哨戦として開かれた
アテネ国際平和マラソンに“新宿東口から歌舞伎町に行くのにタクシーに乗ってしまう巨乳AV女優”と
”ただ父親がマラソンランナーだったという理由だけで連れていかれただらしないAV監督“を送り込んで完走を目指す!
という大バカ企画『アテネマラトン』。監督はバクシーシ山下!
第5弾は『レディコミ志願兵出張撮影ドキュメント オークション02』。
第6弾は飛ばして、第7弾は2003年の12月24日クリスマスイブから2004年1月1日元旦まで、
東京、北海道、沖縄を舞台に3人の監督がハンディカムを同時期、同時進行で回して切り取った色んな日本が映るドキュメンタリー
UNDERCOVER JAPAN』。
この7本は2003年の夏から撮影を進め準備した壮大かつ充実のセックスドキュメンタリーAV群でした。

さらにこのオリジナル7、パッケージが凝っていました。
通常のDVDケースではなく、昔のレコードのEPサイズ特製紙ジャケットを
(元ネタはデジタローグのフォント集のパッケージ)特注で制作(高かった!!)、



さらにインナーは1タイトルごと違うオマケ(プリクラ風シール、ポストカード、ステッカー、ミニポスター、ブックレットなどなど)
を入れるという手とお金が掛かった作りで、これはハマジムが初めてセルビデオを発売するにあたって
”お客さんが借りて見たら返すレンタルと違いセルは買ってくれたら手元に残るものだ、
本棚とか机の上にあってもカッコいいパッケージにしたい!”つう僕の思い込みで作りました。

そんなこだわりのオリジナル7、制作費とパッケージ合わせて発売前に1.500万使いました。
僕の計算では1本目の『ハメドリズム』の売り上げで、8本目の制作が出来る、というゆるーい計画で
2004年5月から毎月1枚発売を開始しました。
1タイトル1.000枚でペイ、各タイトル2.000から3.000枚売れると思っていました。
「こんなカッコいいAV待ってた!」とお店もお客さんも喜んで、飛ぶように売れると妄想していました。
実際、当時のセルDVDは何万本、何千本のヒットがざらにあり、早くからセルビデオに進出したメーカーが
わんさか儲かってる(セルメーカーの若き経営者達はベンツ、ポルシェ、フェラーリを乗り回していました!)
のを目にして「ヤッベー、コレ出たらバカ売れしてハマジム儲かっちゃうじゃん!」と思ってたら、
1本目も2本目もぜーんぜん売れませんでした。
1タイトル200枚くらいだったと思います。
売れない理由の一つとして、特殊なパッケージが槍玉に上がりました。
「お店の棚に入らない、置く場所がない」
確かにパッケージだけ作って、どう陳列するかは考えていませんでした。
しかも最初の3タイトルは各3.000枚セット用意していたので、最初の3ヶ月で会社は在庫の山になりました。
(すぐさまデカい倉庫を借りました!)
さすがに4本目以降はプレス枚数を抑えましたが、パッケージの仕様は変えずに発売を継続しました。

結局、オリジナル7は制作費すら回収出来ず、7本のみで発売を終えました。
浜田の悪い予感は当たりました。

会社の運営的に大きなダメージを受けましたが、それを救ってくれたのがPGでした。
PGは大手有料アダルトサイトの兄弟サイトとして出発したので最初からお客さんが付いてくれ、
浜田の陰影のあるグラビア写真やコスプレ設定ものはPGの武器となり、他にないアダルトサイトとして
人気を博しました。(その辺りのアダルトサイトの仕組みはまた書きます)
定額会員は増え続け、オリジナル7の発売が始まった5月には黒字に転じ、12月には借金(制作費の肩代わり)が
少しづつ返せるようにまでなっていました。
PGは初期ハマジムの経営基盤を支えてくれたのです。
PGがなければハマジムはオリジナル7だけで潰れていました。
続く…

あれ、このコラムってPGの宣伝が何故今まで出来なかったのか?つう話だったのに全然辿りつかないっすね。
まあ、いっか。気長に書いていきます!

いちいち説明がまわりくどい隊長より



今週のコレ面白い!

ハマジムオリジナル7はバラエティ豊かでどれも見所あって一括りに紹介できないのですが
とりあえずの1本としてオラの『レディコミ志願兵出張撮影ドキュメント オークション02
内容は悲喜劇です。
発売当時に、人づてに銀杏BOYZの峯田さんに渡って、峯田さんがブログでこの『オークション02』のことを
書いてくれた。
その影響力は絶大で、後に「あのブログでドキュメンタリーAVや松尾さんに興味を持ちました

というキッズ達の声を多く聞いた。

当時の峯田さんのコメントはコチラ

カンパニー松尾氏によるハンディカメラ撮影・セックス・編集・文による「レディコミ志願兵出張撮影ドキュメント/オークション02 巨乳ちゃんと不思議ちゃん」
これまでも松尾氏の作品は好きで観てきたが、今回のこれはまた最高の「映画」だった。日本全国をバイク一台で移動しながら六人の女性と出会い、まぐわう現代のイージーライダー的ドキュメンタリー型ロードムービー。
AVを超えたAV。
様々なハプニングにも見舞われ、終盤、地方での撮影から一人、帰路につく松尾氏。回されっぱなしのカメラに夜の高速道路からやっと東京の夜景が現れる。
「こう、外から帰ってくるときの東京の夜景が好きだ。」
松尾氏の作品には時々ドキッとする字幕が入る。たまらない。人間のやるせない心情だったり、どうにもできない孤独感がたまに風景と重なる瞬間がある。松尾氏のカメラはその一瞬を逃さない。女の子の裸を撮るよりも、セックスを撮るよりも、むしろそういったものを撮りたがっているように思えて仕方がない。そしてそれこそ僕にとって最高の映画だ。感動しました。パラダイスガラージ豊田道倫氏による音楽も素敵でした。
銀杏BOYZ 峯田和伸

今週のコレ抜ける!

恥ずかしいカラダ 目黒受付嬢デビュー 堀内美希
そんな峯田さんと2015年10月上旬、『劇場版 どついたるねんライブ』のトークで初めてちゃんと喋った。
その壇上で峯田さんが「松尾さんのAVのあの人が好き」と言ってくれたのが堀内美希さん。
はい、さすがお目が高いです!
とりあえず見てください。
カンパニー松尾プロフィール

AV監督。1965年愛知県生まれ。

1987年、童貞でAVメーカーV&Rプランニングに入社。
翌88年、監督デビュー。特技はハメ撮り。趣味はカレーとバイク。
1996年、V&Rを退社しフリーとなり、2003年、自身のメーカーHMJM(ハマジム)を立ち上げる。
代表作として『私を女優にして下さい』、『テレクラキャノンボール』など。
2014年2月『劇場版 テレクラキャノンボール2013』が公開され大ヒット。
さらにアイドルグループBiSの解散ライブを追った『劇場版 BiSキャノンボール2014』が2015年2月に公開されヒットし、ちょっと調子に乗っている感あり。

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