1990年代アダルトビデオの奇跡 Vol.15
2016-06-15
コラムニスト:東良美季

平野勝之・編 第1回


バクシーシ山下の登場により甘美な物語性の終焉を迎えたAV、
しかしそこにはすでに新しい物語が始まっていた。
それは、どんなメディアより過激で暴力的で自由な映像が可能な媒体。
その中核をなした平野勝之の作品研究、いよいよスタートです!


 さあ、平野勝之について書いてこう。
 このひとに関しては本当に語るべきことがたくさんある。たくさんあり過ぎてどこから始めればいいのか迷ってしまうほどだ。
 そしてもうひとつ、この人について語るのは少々やっかいだ。わかりにくいと言ってもいいと思う。これまで本稿で論じてきたカンパニー松尾、バクシーシ山下が決して単純な人というわけではないのだが、AV監督としての、取り敢えずの入口は明記しやすい。松尾なら<海外のMTVにも負けないポップでカラフルな映像感覚をAVに導入した「ハメ撮り」の達人>とか、山下は<初期、過激なレイプ作品を得意とした異形のAV監督>とか。これらはあまりに表層的で誤解もあり、決して彼らの本質、その的を射るものではないのだが、とりあえず大きく間違ってはいない。だから、そこから話を進めていける。

 ところがたとえば何の基礎知識もない人から、「平野勝之ってどういう人?」と問われたら、思わず答えに窮してしまう。エート、そう言えば平野勝之っていったい何者なんだろうと。
 2011年、『監督失格』という衝撃的でありながら、何ともジャンル分けしにくい作品を発表したほぼ無名の映画監督。それ以前はAV監督だったわけだが、2000年代に入ってからは数えるほどしかアダルトビデオを撮っていない。そしてどういうわけか、自転車ツーリングに関する記事を専門誌に寄稿したり、『旅用自転車 ランドナー読本』『旧型自転車主義 クラシックバイシクルスタイル』(共に山と渓谷社刊)という著書もあると言ったら、聞く方はますます混乱してしまうのではないか?

 そして映画『監督失格』はかの『新世紀エヴァンゲリオン』で知られる庵野秀明がプロデューサーとして参加。庵野が実写映画をプロデュースするのはこれが初めてであり、自らその役目を買って出たとも言われている。さらに製作は『20世紀少年』『ヘルタースケルター』等のプロデューサーとして知られる甘木モリオ、音楽は矢野顕子が担当したとなると、もうどんどんわからなっていくばかり(笑)。さあ、果たして平野勝之って誰?



 そこで今回は第1回ということで、まずは僕が知っている、平野勝之に関する2、3の事柄ならぬ幾つかの情報を箇条書きで並べてみよう。それでは始めます。平野勝之っていったい何者だ?

 まずは〈その1〉。平野勝之は元々ぴあフィルムフェスティバル(以下PFFと略)出身の自主映画監督であったということ。
 その経歴をざっと列記すると、18才から地元浜松で8ミリフィルムによる自主映画活動を始め、1984年、20歳の時に長編8ミリ映画『狂った触角』で1985年度PFF初入選。翌年1986年度には『砂山銀座』で、翌々年1987年度は大友克洋原作の『愛の街角2丁目3番地』で連続入選。特に『愛の街角〜』は招待審査員大島渚氏の激賞を受けたうえPFFアワード観客審査第1位に選ばれ、その後パルコ・ステージラボのレイトショーにて異例の6ヶ月ロングラン上映された。当時平野勝之は『俺は園子温だ!』の園子温、『おでかけ日記』の小口詩子、そして平野自身が主演をつとめた『はいかぶり姫物語』の斉藤久志らと共に、次世代映像を担う気鋭と言われたそうだ。中でも、当時PFF3年連続の入選というのは平野勝之だけが果たした快挙。

 ちなみにココに書いた園子温とは、あの園子温である。つまり『愛のむきだし』『新宿スワン』、最新作『ひそひそ星』で知られる映画監督であり、若き日の園は平野の『愛の街角〜』に極めて重要な役者の一人として出演している。他にも当時の自主映画仲間には『片腕マシンガール』『富江 アンリミテッド』『電人ザボーガー』等の映画監督・井口昇、そして今後本稿には何度か登場するであろうAV監督の小坂井徹、ライターでシンガーソングライターの原達也らがいる。



〈その2〉。それ以前は早熟なマンガ家であった。故に、平野のAV作品には自身による少々不気味なイラストが時々登場し、小型カメラによる映像も非常に絵画的である。
 マンガ家時代のキャリアを記しておくと、1980年、16才。マンガ批評誌「ぱふ」8月号にて『ある事件簿』でデビュー。翌81年、『雪飛行』で「SFリュウ」誌の月例新人賞受賞。82年、『PURE JAM』で講談社「ヤングマガジン」新人賞受賞、84年、『ゲバルト魚』で同じく「ヤングマガジン」ちばてつや賞佳作入選、となる。

〈その3〉。そしてコレが実はいちばん重要なのだが、平野勝之は自主映画時代より『ポストダイレクトシネマ』の旗手と呼ばれていた。『ポストダイレクトシネマ』というジャンル、もしくは手法については次回以降詳しく解説していくが、平野がこの手法をAVにも取り入れたコトはいうに及ばず、同手法はアダルトビデオというものを語る上で非常に重要なファクターになるということ。1999年に平野勝之が劇場公開した『白〜THE WHITE』はポストダイレクトシネマの傑作であり、おそらく日本映画の中で最も深い所へと切り込んだ大傑作である──と、少なくとも僕は思っている、ということ。

〈その4〉。平野勝之は、AV黎明期以来エンエンと過激なドキュメンタリーだけにコダワリ続けていた監督・高槻彰率いる制作会社「シネマユニット・ガス」のメンバーだった。高槻というトンでもない個性がいなければ、平野勝之というトンでもないAV監督は生まれなかっただろう、ということ(注・近年シネマユニット・ガスは「爆乳」AVメーカーになっているが、高槻のドキュメンタリー魂は健在で、現在、バブル時代のAVの帝王・村西とおるを描いた長編映画『ナイスですね 村西とおる』を公開準備中。平野勝之も2005年にシネマユニット・ガスを離れ、フリーランスになっている)。

〈その5〉。カンパニー松尾、バクシーシ山下、そして平野勝之、さらにはゴールドマン《注1》と、90年代にこれらの新しい才能が生まれ、全員がそれぞれに刺激し合い競い合い、「イヤハヤ、AVってこんなに面白くてイイの?」と、僕なんかシミジミと思ったものデス、ということ。



 そして〈番外〉として──〈カンパニー松尾・編〉〈バクシーシ山下・編〉の繰り返しになるが、これら重要な部分の中核が1990年代を通し、安達かおる率いる(カンパニー松尾制作部長による)V&Rプランニングという、極めて個性的なAVメーカーにおいて作られたということ。その影響によって後年、インジャン古河、竹本シンゴ等、実に才能豊かな個性が登場したということ。この精神は前述のシネマユニット・ガスとも互いに影響し合い、同社からは現在劇作家として知られるペヤンヌマキ(AV監督時代は「ペヤングマキ」名義)が登場。また2000年代からはカンパニー松尾が中心となって設立されたAVメーカーHMJMに引き継がれ、AV監督ではタートル今田に梁井一、映画監督では松江哲明(『ライブテープ』『フラッシュバックメモリーズ 3D』他)にも強い影響を与えているということ。

 で、この〈平野勝之・編〉第1回でまず押さえておきたい点は、1990年代初頭、「イヤハヤ、AVってこんなに面白くてイイの?」と思ってしまったということ、だ。
 これはおそらく僕だけの印象に留まらないはず。たとえば前述のタートル今田や梁井一はもちろんのこと、ペヤンヌマキ、松江哲明といった人々の、映像観から下手をすると人生まで変えてしまったかもしれない。
 他にも、以前、死体カメラマンとして知られ、2012年最新作『ウェイストランド THE WASTELAND』を発表した釣崎清隆氏に初めてお会いした時、彼も「山下さんや平野さんのAVを見ていると、ここから日本の映画というものが変るんじゃないだろうかと思った」と語っていた。

 なぜか? そのためには1980年代から1990年代にかけてのアダルトビデオの変容というものを押さえておかなければならないのだが、これもまた〈カンパニー松尾・編〉〈バクシーシ山下・編〉の繰り返しになるが、復習のつもりでもう一度書いておこう(←植草甚一風、と言っても若い人にはわからないだろうなあw)。

 まずは非常にざっくりと乱暴に言い切ってしまうと──そもそもAVとは若い女性の裸やセックスに希少価値の高かった1980年代前半に始まり、そのお値段がバブル景気と共に異様に膨れあがってしまったメディアであった。そして昭和が終わろうとした頃、その後の景気低迷を予感したかのように頭角を現したのが、V&Rプランニングを始めとするゲリラ的な方法論を持つマイナーメーカーだった。

 80年代後半のみならず90年代初頭にかけてですら、つまりはもうバブルは崩壊しているもかかわらず、大手5社と呼ばれるメジャーメーカーでは、飯島愛に代表される美少女女優たちが大きなモザイクをいいことに、気のない疑似本番を繰り広げていた。そこにまず反旗を翻したのがカンパニー松尾だった。彼は機動性の高い小型カメラ(当時は8ミリビデオカメラ)を携え、既成の女優ではなく素人女性を探し求めるというロードムーヴィーの手法(『私を女優にしてください』シリーズ、他)を撮り、AVの持っていたバブリーな欺瞞性を解体していく。続いてバクシーシ山下が登場するに至り、AVの持つ甘美な物語性──たとえば「AVに出て有名になれば女優になれるよ」というような──は終焉を迎えた。そして平野勝之が現れた時、AVは既に新しい物語性を獲得していたということになる。



 新しい物語性とは何か? それは「AVとはとんでもなく過激にも暴力的にもアヴァンギャルドにもなれ、同時に詩的にも内省的にもなれて撮り手の無意識の奥深くまで入り込むことすら可能な、どんな映像よりも自由なメディアである」ということだった。これが先に書いた「イヤハヤ、AVってこんなに面白くてイイの?」という一文の意味。ということで平野勝之について少しはおわかり頂けただろうか。ナニ、ワカラナイ? それでは次回以降シツコク書き続けていきます。皆さま、どうぞよろしくお付き合いのほどを(続く)。

《注1》ゴールドマン。1965年生まれ。小型カメラによる「ハメ撮り」一人称映像を最も先端的に使ったAV監督。特に1989年の『NEW変態ワールド なま』(アートビデオ)は、60分ワンシーン・ワンカット、編集ナシという斬新な作品だった。近年はミュージシャン、「ハメ撮り」男優、漫画家、文筆家として活動している。

※キャプチャは『水戸拷悶 〜大江戸ひきまわし〜
東良美季プロフィール

東良美季(Tohra Miki)1958年生まれ。

編集者、AV監督、音楽PVディレクターを経て執筆業。
著書に『猫の神様』(講談社文庫)、『東京ノアール〜消えた男優 太賀麻郎の告白』(イーストプレス)、『代々木忠 虚実皮膜〜AVドキュメンタリーの映像世界』(キネマ旬報社)、他。

日刊更新ブログ『毎日jogjob日誌』http://jogjob.exblog.jp/

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