1990年代アダルトビデオの奇跡 Vol.14
2016-05-25
コラムニスト:東良美季

バクシーシ山下・編 最終回


我々人間は〈幻想〉無しに物事や事象を捉えることが出来ない。
それゆえについ〈裸の王様〉の衣裳を見てしまう。
〈メディア〉としてのAVと、〈幻想〉を持たないカメラの在り方とは?
バクシーシ山下・編、いよいよ最終回です。


 映画監督にしてエッセイストであった故・伊丹十三と精神分析学者の岸田秀の対談集『哺育器の中の大人〜精神分析講座』(青土社)の中にこんな会話がある。

<伊丹 岸田さんは唯幻論というものを唱えておられるわけですが、これはすべてのモノは幻想であるという考え方ですね。
岸田 そうですね。
伊丹 フム。それでは、たとえばここにテーブルがありますが、これも幻想ですか?
岸田 えーと、テーブルがあるというのは幻想ではありません。事実です。たた、これをテーブルだと捉えるのは私たちの幻想によるものです。>

 この一文を読んだ時には本当に驚いた。眼からウロコが落ちたとはこのことだった。ワタクシ18才、大学受験浪人中の出来事でありました──と、「何を書き始めてるんだ?」とお思いのアナタ、しばしお待ちを。
 つまり人間がモノを見るという行為には、一筋縄ではいかない実に面倒な心の有り様が作用してしまうということです。岸田センセイは「テーブルとして捉えるのは私たちの幻想によるものだ」と言われている。そう、我々はテーブルというものを見ればソコでメシ食ったり書き物をしたりするものだと何の疑いも無く思うワケですが、たとえばこれをアフリカのサバンナで暮してるコイサンマンみたいな人たちに見せたらどうでしょうか?

 あるいは、僕はかつて十数年二匹のネコと暮らしましたが、彼らは食卓としてのテーブルなんていうコチラのコンセプト(幻想)には一切付き合ってくれません。新聞をひろげようとすれば平気でガサガサ乗って来るし、ヒドイ時には昼メシ食おうと乗せた茶碗や皿の上に飛び乗って一挙にひっくり返してくれたりする。
 もうひとつ、多くのネコは鏡に何の反応も示さない(中には反応するコもいるらしいが)。人間はそこに写っているのが自分の姿だと認識して身支度や化粧、髭剃りなんかをするわけですが、サルなんかは他のサルだと思って威嚇したりするという。けれどネコにはたぶんそれが、ただのツルツルとした平らな板にしか見えないのだろう。だからといってネコがバカなのかといえばその実はわからない。写っているのは単なる「像」であって本当の「自分」ではないと知っていて、鏡を見て「アラ、たま太ったわ」とか「今日は化粧のノリが悪いわ」と嘆く飼い主を内心バカだと思ってるかもしれない。



 人間の話に戻ります。簡単な例を挙げてみよう。ある部屋に一辺50センチほどの四角いサイコロ状の木片を置いたとする。人はそれを何と思い何に使うだろうか? 座れば椅子になるし、乗れば踏み台になる。かように事実とはその人の使い方や捉え方で変わって来る。しかし、例えば二人の人物がそのサイコロを挟んで座り、「じゃあココにコップとボトルを置いて酒盛りでもしようや」となれば、それはお互いの間ではテーブルになる。つまり二人の物の見方(=幻想)が一致するワケだ。これが、吉本隆明先生(吉本ばななさんのお父さんです)いうところの共同幻想ということになります。だからそこに「おい、お前ら、そんなとこで酒なんて飲むな。ふざけんな!」と怒鳴り込む第三者が現れれば、テーブルという幻想はいとも簡単に崩れてしまう。
「テーブル」を「憲法第九条」やら「従軍慰安婦」、「竹島」や「尖閣諸島」に替えてみれば、共同幻想のやっかいさがおわかり頂けるかと思う。

 さて、ココまでが落語で言えば「マクラ」。以下が本題。いよいよ今回でバクシーシ山下編も最終回です。今皆さんがご覧になっているページには、岩淵編集長の手によって1993年の作品『全裸のランチ』のキャプチャ画面が掲載されていると思います。バクシーシ山下、V&R社員監督時代の問題作のひとつです。
 これは太めなのを気にしているAV女優に脂肪吸引手術を受けさせ、その脂で坦々麺を作って食べる、また真性包茎の男優・観念絵夢のチンポの皮を包茎手術で切り取って焼肉にして食うという、まあ、一言で言って非常にアナーキーな内容である。従ってバクシーシ山下ほどビデ倫《注1》の規制に晒された監督はいないけれど、本作においては前半部に約4分、後半に約6分、音声もまったく入っていない真っ黒な画面が続くという前代未聞のシーンが登場するハメになる。つまり、人肉(と言っても脂肪と皮だけど)を食うシーンが「倫理的にダメ」と言う理由で黒に塗りつぶされたうえ、音声までカットされたのである。

 ただしそれでも発売出来ただけでもマシというか、V&R時代のバクシーシ山下には『初犯』『死ぬほどセックスしてみたかった。』という完全にオクラ入りになった作品まである。しかしながらこれは冷静に考えてみれば不思議な話だ。そもそもビデ倫というのはAVにおいていったい何を規制する機関なのだろう? 常識的に考えれば法律で禁じられているところの性器の露出をチェックしたり、人権に基づく差別的な表現に注意を促すものであるはずだ。そんな中でなぜ「ヌケないAV」と呼ばれる山下作品が規制を受けるのか?
 差別という点で考えても、『ボディコン労働者階級』をはじめ山下作品は──決して善意や正義感からではないが、結果的には──逆に差別されている人の側に立つモノである。そう考えると、やはりバクシーシ山下の作品、彼の姿勢がビデ倫やAVというものを捉える大多数の人々が共有する幻想と、大きくかけ離れているからではないだろうか。



 バクシーシ山下は『死ぬほどセックスしてみたかった。』におけるビデ倫の見解に対して、こういう感想を述べている。
「今、レンタルビデオ屋に流通させようと思うと、ビデ倫の審査を受けて、ビデ倫シールを貼らなくちゃいけないシステムになってるんです。そのシールは免罪符ですから、いくらボカシが濃いビデオでも、シールが無いと、実質、裏ビデオあつかいなんです」(『セックス障害者たち』1995年・太田出版刊)
 ビデ倫のシールが貼ってないモノはいくらボカシが濃くても裏ビデオ扱いになってしまう──これほどビデ倫の裸の王様ぶりを的確に捉えた表現は無いと思う。それはアダルトビデオというものを捉える我々の幻想と同じだ。多くの人は何となくAVというものは、セックスを撮ったビデオだろうと思っている。しかしそのセックスというのは人それぞれの〈幻想〉の有り様によって違う。

 LGBT(性的少数者=女性同性愛者〈Lesbian〉、男性同性愛者〈Gay〉、両性愛者〈Bisexual〉、性別越境者〈Transgender〉)ということが言われて久しいが、それでも、現在の社会が性的少数者の性的な〈幻想〉に寄り添えているかというと大いに疑問が残る。なぜなら多くの性的多数者たちが、自分のセックスこそがノーマルだと信じて疑わないからだ。
 このような妙な社会的常識に異議申し立てを、図らずもしてしまうのがバクシーシ山下の作品である。何故なら、山下のカメラは対象や事象を捉える時に、一切の幻想というものを持たないからだ。だから山下の作品は常に小気味いい。まるで「王様は裸だ!」と指差す子どものようだ。



 最終回なので、もうひとつだけバクシーシ山下とは直接関係なさそうなお話を。
 そもそもアダルトビデオとは、カメラが作者の思惑を越えてしまう映像形式として始まりました。AVを、単に「エロい映像」「男女のセックスを描いた作品」ということで、それ以前のピンク映画やにっかつロマンポルノと地続きと捉えている人もいるかと思いますが違います。両者はまったくの別モノであり、映像としての在り方は根本的に異なります(もちろん今も尚、旧態依然のピンク映画方式で作られる凡庸なAVは星の数ほどありますが)。

 そして、これを初めて行ったのがAV界の巨匠・代々木忠でした。『ドキュメント ザ・オナニー』、1982年の作品です。この作品からアダルトビデオというものは始まったのです。ただし現在と同じように、同作品以前にもビデオ撮りのポルノは存在した。けれどそれらはやはり、従来のピンク映画、にっかつロマンポルノとは何ら変わらない代物であり、この『ドキュメント ザ・オナニー』が誕生した瞬間、この世に今までどこにもなかった、まったく新しい映像が生み出されたんですね。

 代々木忠自身もそれまでに100本以上のピンク映画を製作・監督していましたが、濡れ場のシーンを撮り終えるごとに、女優から「監督、女ってこんなんじゃないのよね」と言われ続けたそうです。また、1972年には制作主任として関わった『女高生芸者』という作品がわいせつ図画公然陳列罪で起訴され、8年に及ぶ長い裁判を闘うも、自分の作った作品が「とても猥褻だとは思えなかった」と語っています。
 それはなぜか? 極めて単純化して言ってしまうと、エロス、猥褻とはすべての人間の「集合的無意識」に存在するものであり、個々の脳や感性で描けるものではないからです。自分だけの嗜好で撮ったポルノグラフィなんて単なる独りよがりのセックス感に過ぎず、不特定多数が驚きをもって興奮できるものではない。それらは多くの人々がエロや猥褻や、心の躍動や性的な多幸感を味わえるものではなかった。代々木が女優たちから「女ってこんなんじゃないのよね」と言われた意味はそこです。

 そこで代々木忠はどうしたか? 彼はそれまでのキャリアをすべて捨てて『ドキュメント ザ・オナニー』の撮影に臨んだのです。<制作者であることを忘れ、単なる一人のスケベな男になって、女のオナニーを覗き見てみたいと思った>と代々木は回想しています(『プラトニック・アニマル─SEXの新しい快感基準』幻冬舎アウトロー文庫)。つまりそれは映画監督としての自我を全否定し、すべてをカメラに委ねるということでした。ココで、当時まだ新しかったVTRというメディアがその力を最大限に発揮します。
 フィルムチェンジの必要ないVTRというものは、現代のiCloudのごとく天空に存在する「集合的無意識」へアクセスすることに、圧倒的に長けていたのです。この「集合的無意識」こそが、個々の持つ〈幻想〉から自由になる武器だった。つまり「自分のセックスこそがノーマルだと信じて疑わない」という偏狭な性意識からの脱却だったわけです。



 この連載の第3回で、「バクシーシ山下自身がメディアになった、彼自身がAVという媒体になっていった」。ゆえに「彼は対象を観察して観察し尽くし記録していくという方法論を展開した」ということを書きました。
 また彼は「僕には何かを作っているという意識が無いんです。だだ、自分が面白いと思うことや人を写してるだけなんです。記録してるだけなんですね」(『アダルトビデオジェネレーション』東良美季・著 メディア・ワークス刊)とも発言しています。

 また、いつかインタビューの場だったか飲みながらの世間話のついでだったが、僕は彼にこんなことを尋ねてみたことがあった。
「ヤマちゃんの作品ってさ、ムチャクチャな人がたくさん出て来るじゃない? 刑務所の出入りを繰り返してるライト柳田とか、自称・演歌ロック歌手の有坂くんとか。女優でも『ヒラリー・クリントンみたいになりたいからAV女優になった』っていう娘とか、自殺未遂を繰り返す仲指P子とか。ああいう奇妙でかなり危ない人を撮ってるときってどういう気持ちなの?」
 すると彼はこう答えた。
「とにかく『撮れた!』『記録できた!』ということですよね。確かに内心では『コイツ、ヤバイな、大丈夫かな』なんてビビッてるときもあるんですけど、そういう日常では決して会えないような人間を記録できた、VTRに残せたっていうのは、けっこう歓びがある(笑)」と。

 V&R時代のバクシーシ山下は、ラストのクレジットに必ず〈編集+構成=バクシーシ山下〉と入れていた。これは「私は監督ではないんですよ」という意味だった。「忠実な記録者であり、それを編集+構成した責任者なんですよ」というステイトメントだったと思う。ココまで書けばもうおわかりかと思いますがが、「監督ではない」ということは、決して責任逃れのたぐいではありません。「私は〈私〉という偏狭な〈価値観〉や〈幻想〉から、出来るだけ〈自由〉でありたいのだ」という姿勢でした。



 特に「忠実な記録者」であるということは、バクシーシ山下にとどまらず、あの時期、つまり1990年代にV&Rプランニング周辺にいた人たちの共通認識であったと僕は捉えています。つまりカンパニー松尾、高槻彰、平野勝之、井口昇などを中心とした才能たちでした。
 実はこの連載は次回より〈平野勝之・編〉に入ります。この〈PG by HMJM〉をお読みの方には、平野監督、2011年の問題作『監督失格』をご覧になった方も多いと思います。
 あの予告編(https://www.youtube.com/watch?v=Ya95jgAL10A)が、なぜ同作監督ではないカンパニー松尾の「由美香が死にました」と号泣するアップから始まるのか? そして問題の15分間を記録したカメラ、それをあのように床に置いたのが、なぜペヤングマキ(現・ペヤンヌマキ AV監督・劇団『ブス会*』主宰)だったのか?
 
 ペヤングマキは平野勝之同様、元々高槻彰率いるシネマユニット・ガスの社員であり、退社後はバクシーシ山下のスタッフを長く務めた人です。彼女もまた、同じ意識を共有するひとりだった。おそらく高槻や平野、そして山下から「どんなことが目の前で巻き起こっても、〈忠実な記録者〉たること」を教え込まれていたはずです。そして中でも不幸にして死んでしまったAV女優・林由美香こそ、誰よりその意識に忠実だったのではなかったか? 故に『監督失格』の中でも引用されていますが、1993年『自転車不倫野宿ツアー 由美香』の旅の佳境、ささいなことで口論となった場面で、頭に血が上った平野がカメラを廻さなかった。それに対し由美香は「監督失格だね」と言ったのです。

 林由美香はかつてカンパニー松尾の恋人だったこともあり、その仲を取り持ったのがバクシーシ山下だった。そして彼女は『いんらんパフォーマンス』シリーズを始めとする、代々木忠が最も「トンがっていた」時期の作品における、重要な登場人物でもありました。そして何より彼女はそんな時代の気分、アダルトビデオの方向性を体感していた、それは監督たちより強く、AV女優という肉体性で理解していたのだと思います。だからこそ「監督失格だね」という言葉が生まれた。

 つまりあの1990年代にAV監督であるということは、「監督」という神となって映像「世界」を作り上げるのではなく、むしろ「世界」のしもべとなって残酷な現実を記録することだった。それはVTRという新しいハードウェアと共に生まれた世代の、映像に対する否応のない姿勢でした。「アンチ映画」と言っていいかもしれない。映画とは、人間が恣意的に「撮る」、意図して作り上げるものであるのに反して、VTRとは、そこにあるものを「記録」するものであり、それらを編集して観客に提供するのが1990年代のAVだったのです。

 バクシーシ山下は、彼の著書『セックス障害者たち』(前掲書)のあとがきで、以下のように書いています。それを引用させてもらって、本稿バクシーシ山下・編の終了と致します。ご愛読ありがとうございました。
<人間はチンポのように生きられたら、幸せではないか。まんこのように生きられてたら、自由ではないか。まどろっこしい言い訳なんていらないのである──>

《注1》正式名称は日本ビデオ倫理協会。元々は1970年代初頭、ビデオ化された成人映画が数多く摘発されたことから映倫(映画倫理委員会)の審査基準を準用し、作品の自主審査を行う「成人ビデオ自主規制倫理懇談会」として発足。1985年の新風営法施行に伴い、警察当局の意向もあり「ビデ倫の審査を通らないものは裏ビデオと見なす」という姿勢を打ち出す。ただし本文中にもある「ビデ倫シール」は一枚につき有料で販売されるものであり、1980年代後半からレンタルビデオのリリース本数が膨れあがると共にその売上げは天文学的数字になったと言われる。そのためか1990年代前半には「ビデ倫シール」がビデ倫内部で偽造されるという事件が起き、関わっていたスタッフの一人が自殺するという事態にまで及ぶ。1990年代後半からはグラビア雑誌や写真集がヘアを解禁したのに対し、レンタルビデオを中心に審査をしていたビデ倫は解禁を拒否。それがビデ倫に加入していなかったセルビデオの躍進を加速させた。2000年代はそんなセル勢力に押されて次第に修正が薄くなり、2007年にアダルトDVDの審査が不十分だとして、警視庁保安課による家宅捜索を受け、2008年にはビデ倫の審査部統括部長とビデオ制作会社社長らがわいせつ図画頒布幇助の容疑で逮捕される。この事件を受け、2008年6月限りで作品の審査業務を終了、ビデ倫は事実上消滅した。

※キャプチャは『全裸のランチ

※バクシーシ山下著『セックス障害者たち』6月17日、電子書籍にて販売開始。
http://www.ohtabooks.com/publish/1995/07/21154226.html


東良美季プロフィール

東良美季(Tohra Miki)1958年生まれ。

編集者、AV監督、音楽PVディレクターを経て執筆業。
著書に『猫の神様』(講談社文庫)、『東京ノアール〜消えた男優 太賀麻郎の告白』(イーストプレス)、『代々木忠 虚実皮膜〜AVドキュメンタリーの映像世界』(キネマ旬報社)、他。

日刊更新ブログ『毎日jogjob日誌』http://jogjob.exblog.jp/

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