1990年代アダルトビデオの奇跡 Vol.13
2016-04-20
コラムニスト:東良美季

バクシーシ山下・編 第5回


そもそも「夢」や「希望」といった言葉では、もうこの時代を説明するのは無理なのではないか? 
バクシーシ山下によるまるで定点観測のように淡々としたカメラは、
最後は我々にそのことを訴えかけて来る──。


 今回紹介する『18歳〜夢に暮らす』は、1996年『ビデオ・ザ・ワールド』(コアマガジン)誌上半期AVベストテンの第1位を獲得した作品である。ところでアダルトビデオにとっての1996年とは、いったいどんな年だったのだろう?
 ベストテンが発表されたその号(同年3月号)をめくってみると、巻頭グラビアは麻生早苗と橘未稀。本文には桜樹ルイの復帰作のレビューがあり、その他目立ったAV女優と言えば川浜なつみに城麻美といったところだろうか。どうにも「小粒」と言ったら彼女たちに対して失礼だが、どこか華やいだところがない。何やらそこにはバブルもいよいよ本格的に終焉し、失われた20年が始まる──そんな予感が、実にリアルに漂っていないだろうか? 一方の本文記事では豊田薫によるセルAVメーカー「リア王」がスタートすることが報じられている。ちなみに高橋がなり率いるソフト・オン・デマンドが初作品『50人全裸オーディション』をリリースするのが同年の4月。つまり今思えばだが、レンタルビデオもいよいよ全盛期を過ぎ、セルAVの群雄割拠時代がひたひたと迫っていたのだ。

 さてこの前年の1995年、カンパニー松尾はV&Rプランニングを退社、フリーとなる。バクシーシ山下は松尾の職を受け継ぎV&R制作部部長という肩書きになるが、その少し後に自然気胸という肺の病気で入院。僕はその年の11月、病の癒えた山下に初めてあらたまったインタビューさせてもらう機会を得た。久々に会った彼はトレードマークになっていた背中まで垂らした長い髪をサッパリと切っていて、制作部部長というプロデューサー的な立場も離れ、「今は単なるイチAV監督です」と笑ったのが印象的だった。僕の一方的な印象に過ぎなかったかもしれないが、何かがふっ切れたような表情に見えた。『18歳〜夢に暮らす』はちょうどその頃に撮影された作品である。



 それら個人的な背景がどう影響したのかはさだかではないが、この作品はゆるやかに転換していったバクシーシ山下の作風が、ある意味決定的になった作品である。簡単に言ってしまえば暴力的な要素が希薄となり、非常に淡々とした、静かなタッチへと変っていった。カメラは監禁やら海外やら山谷の労務者街といったドラマチックで非日常的なモノに向かうのをやめ、登場人物がひっそりと暮らすアパート一室など、きわめて日常的な世界に向けられるようになる。

 作品としても非常にコンパクトで、3パートに分かれる連作だが、ラスト、ガソリンスタンドで働きながらパンクロッカーを夢見る女のパートはカンパニー松尾によるものなので、山下の作品としては2パート合わせても約40分。それでも細やかで内容の濃い、まるで上質な短編小説を読むような味わいあるアダルトビデオである。



 さて、先月まで〈物語としてのAV〉はその意味を喪失したのに関らず、〈メディアとしてのAV〉は依然存在し続けた、ということをしつこく書いた。そして1996年とは、その実体はほとんど無いに等しいのに〈メディアとしてのAV〉がしっかりと確立してしまった時代ではなかったか?
 先の『ビデオ・ザ・ワールド』に話を戻せば、麻生早苗は別として、橘未稀、川浜なつみ、城麻美というAV女優を、今どれほどの人が覚えているだろう。そして桜樹ルイの復帰というのが何とも象徴的だ。つまりアダルトビデオというものが当たり前になってしまった、男と女が人前で、カメラの前で、お金のためとか「有名になりたい」とか理由は色々とあるだろうが、ともかくセックスするのが決して驚くようなことではなくなってしまった。つまりAVというメディアは、その実情がどれほど理解されているかどうかはまったくもって怪しいものの、ひとつの市民権を得てしまったことは確かなようであった。

 その結果どうなったのかと言えば、バクシーシ山下はそれまでのAV的状況を求めて監禁やら山谷といった非日常を探し求める必要がなくなり、彼のまわりにある日常をただ淡々と描写すれば良いことになった。いや、むしろ徹底的にシンプルに描くことによって日常の不思議さが際だって来る。何故なら、やはりどんなに当り前になったとは言え、AVの中でセックスをする、セックスをしたいためにAVに出るというのはやはり一般的な常識から見れば逸脱した行動であり、そこに切実な想いがあればあるほど、乾いた笑いが込み上げて来るからだ。



『18歳〜夢に暮らす』は、まさにそんな切なくもうら寂しい笑いに包まれた作品である。
 物語は千葉県の郊外、とあるアパートから始まる。有坂隼人という男がそこでモデルプロダクションを始めたという話を聞き、山下が訪ねていく。有坂は元々山下組というか、1990年代初頭からV&Rに出入りしていた特殊男優の一人だったが、そもそも自称・演歌ロック歌手だと名乗る妙な若者である。さらに本人は吉幾三を目指していると言いながら、一方ではチャゲ&飛鳥からスピリットを受取ったとかバラバラなコトばかり言う男らしく、山下自身も「その前は棋士だったとか言ってるし、聞けば聞くほどわからないひとですね」(『セックス障害者たち』太田出版)と語っている。

 そんな有坂が両親と同居しているアパートでAV女優専門のモデル事務所を始める。年老いた両親は年金暮しで、彼はそんな親にいつかいい暮しをさせてやりたいと、プロダクションに「ドリームプロ」と名付ける。
 部屋には齧りかけのトーストや食べかけのカップラーメンが置かれ、どうやら両親は朝食の途中「撮影に貸すから」と有坂に無理やり部屋を追い出されたようだと山下は予測する。先ほど短編小説のようだと書いたのこの辺りの描写の妙である。両親の姿は一切登場しないのだが、朝っぱらから息子に部屋を追い出され、年老いた両親は今頃何をしているのだろう? そんな行き場の無いお年寄り二人が、とぼとぼと千葉の淋しい郊外の朝の道を歩いている姿までが眼に浮かぶようだ。

 こういうところが、バクシーシ山下という作家の実に非凡な一面である。
 ドキュメンタリーでありつつ劇映画のような叙情性をかもしだすだけでなく、画面に映っていない裏側の物語までを観る者に想起させる。これはカンパニー松尾、平野勝之、高槻彰といった同時代の才能には決してみられない特徴だ。強いて言えば、初期の井口昇に同様の傾向が見られたように思う。
 また山下は近年熟女物を手がけることが多いが、40代、50代の女性に淡々とインタビューしていても、その裏側に哀愁なおかしみが滲みでてしまう。ただしそれについては少し前に僕が聞いたとき、
「でもね、熟女ってどこまで本当のこと言ってるんだか、実はよくわかんないんです。全部作り話の場合もあるしね」と笑っていたのが実に彼らしかった。
 つまりバクシーシ山下という人には、ドキュメンタリーの中に必ず存在してしまうどうしようもない虚構性というものを、本能的に感じ取ってしまう特性があるのかもしれない。



 ともあれ、話を『18歳〜夢に暮らす』に戻すと、
 部屋には有坂がスカウトしたという新人AV女優がいるが、彼女は4日前に恋人の子供を堕したばかり。しかしその恋人は金持ちなので「将来はあまり働かず、子供を作って家族3人で遊んで暮らしたい」と言う、それが夢だ。じゃあなぜ堕胎したんだ? 金持ちの彼氏がいて何んでまたAVなんかに出るんだと色々と疑問は湧くのだが、山下はその辺りのことを通り一遍にしか聞かず敢えて突っ込まない。ただ、「じぁあ、一応セックスしましょうか?」と言い、その冷たいアパートの一室で有坂と彼女のセックスが行われるのである。

 次のパートもほほ同様なトーンで進む。占い師になるのが夢という女の子と、鈴木くんと呼ばれる童貞青年のセックスである。女の子は占い師にはあらゆる経験が必要とAV出演を思い立ち、軽い癲癇という障害を持つ鈴木くんは今よりも高い給料(「6、7万あれば充分です」と言う)がもらえて、趣味の鉄道写真が撮れるような生活を夢見ている。ここまで来ると我々見る者はどうしても思ってしまう、彼らの夢、それはいったい何なのだろうと。鈴木くんの願望のように、とても夢とは呼べない程のささやかな希望、でなければ占い師や遊んで暮らしたいというまるで実体や実感に欠けるもの。こうなって来ると元々いちばんウサン臭かった有坂の「ドリームプロ」が、もっとも真っ当な夢に思えてきてしまう。

〈メディアとしてのAV〉とは結局のところ、イメージのみが先行した実体の無いAVの姿だと前回で書いた。従って『18歳〜夢に暮らす』に登場するような、実体の無い人々が自然に集まって来る──それもおそらく真実なのだろうが、逆に言うとこうも捉えられないか? そもそも「夢」や「希望」といった言葉では、もうこの時代を説明するのは無理なのではないかと。バクシーシ山下によるまるで定点観測のように淡々としたカメラが、我々に最終的に訴えかけてくるのはこの事実だ。つまり「イメージ」というものさえ意味を持たなくなってしまった、それが1995年という時代であった。一方、〈物語〉を喪失したAVは新たな物語を獲得すべく動き出す。今度はユーザーが「抜く」、しかもそれに5,000円近い対価を支払という実に即物的かつ現実的な物語。前述のリア王やソフト・オン・デマンドを始めとした、セルビデオの動きである(次回に続く)。

※キャプチャは『18歳〜夢に暮らす
東良美季プロフィール

東良美季(Tohra Miki)1958年生まれ。

編集者、AV監督、音楽PVディレクターを経て執筆業。
著書に『猫の神様』(講談社文庫)、『東京ノアール〜消えた男優 太賀麻郎の告白』(イーストプレス)、『代々木忠 虚実皮膜〜AVドキュメンタリーの映像世界』(キネマ旬報社)、他。

日刊更新ブログ『毎日jogjob日誌』http://jogjob.exblog.jp/

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