1990年代アダルトビデオの奇跡 Vol.12
2016-03-24
コラムニスト:東良美季

バクシーシ山下・編 第4回


〈物語としてのAV〉は消失したのにも関らず、〈メディアとしてのAV〉は依然生き残っていた時代、
それは〈イメージとしてのAV〉が一人歩きした時代でもあった。
バクシーシ山下のブレないカメラは果たして何を見たのだろうか?


〈物語としてのAV〉は消失したのにも関らず、〈メディアとしてのAV〉は依然生き残っていた時代、それがバクシーシ山下の作品が大いなるリアリティを持って世の中に迎え入れられた時代だった──というようなことを前回で書いた。具体的に言うと山下の処女作『女犯』がリリースされた1990年から、名作『ホディコン労働者階級』が生まれた1992年あたりまでのことだ。どんな時期だったかというと、深夜番組〈ギルガメッシュないと〉で飯島愛がTバックのお尻を見せ、憂木瞳は裸にエプロン姿で、まだ無名だったイジリー岡田と共にブラウン管テレビを賑わせていた頃である。

 考えてみれば飯島愛という人も不思議な存在だった。僕は不覚にも知らなかったのだが、彼女はギルガメでその人気者になった頃、実はすべてのAV出演作を撮り終えていたにも関らず、その作品は1本もリリースされていなかったそうだ(バド石橋「AV嬢の出世頭は今も過去を語りたがらない?」宝島社『100万人のアダルトビデオ』より)。憂木瞳にしてもほぼ同じようなもので、初期は非常にチープなAVばかりに出演していた。言わば企画単体の扱いである。要はその『100万人のアダルトビデオ』の中でバド石橋氏も語っているが、我々が何となく思い込んでいる〈飯島愛イコール、AVをステップにタレントに成り上がった女の子〉という図式は、実際は成立しないのである。けれど、ではもしも飯島愛や憂木瞳に〈AV女優〉という肩書き(もしくはイメージ)が無かったら、果たして彼女たちは深夜番組のアイドルと成りえたのかというと、それもやはり疑問が残るのではないだろうか。

 つまり、〈物語としてのAV〉は消失したのにも関らず〈メディアとしてのAV〉は依然生き残っていた時代とは、AVという実体が失われたままに、イメージとしてのAVだけが一人歩きしていた時代とも言える。そして、そんなイメージばかりが先行し実体を伴わなかったAVというものに、最も敏感だったのがバクシーシ山下であった。第3回で、<おそらく彼はV&RのAD時代、まるで雨後の筍のように現われる素人男優や「どこから連れて来たんだよ?」と言いたくなるブッサイクな企画女優を見ながら、「この人たちはなぜここにいるのだろう」と考えたのではないか>と書いたけれど、それこそAVという実体無きイメージが先行していた証拠ではないか。とにかくAVに出れば金が稼げると思った女とAVに出れば女とヤレると思った男、それらを見事に取り込んでいったのがバクシーシ山下であり、V&Rプランニングというタフなメーカーであった。


 そもそも山下のデビュー作は『女犯』というレイプ物であったワケだが、〈レイプAV〉というものこそ、そういった先行したイメージの産物であったと考えられないか? なぜなら冷静に考えればたとえそれがAV女優というセックスを生業にしている職業の女であっても、女性を本人の同意無く暴力で犯してしまえばそんなモノは犯罪になってしまうのは当然な話で、そんなものが商品としてリリースされるはずがない《注1》。ところがどこかイメージとしてのAVには、そんな行為が記録されているのではないかという一種のファンタジーがあるのだ。その証拠に、『女犯』の第1作の撮影現場には2誌ほどのAV情報誌の取材が入っていたそうだが、記者たちは見学しているうちに、「これは本当にヤバイのでは?」と勝手にビビッて記事を掲載しなかったという逸話がある。また、一連の『女犯』シリーズを巡っては〈AV人権ネットワーク〉なる自称フェミニスト団体が抗議に立ち上がったり、漫画家の石塚啓が新聞誌上に抗議文を掲載したりした。

 この〈PG by HMJM〉をお読みの方は、サブカル色の強いドキュメントAVをかなり観ているだろうからおわかりと思うが、以下、一応説明しておく。

 そもそも女優に撮影内容を知らせずいきなりレイプなどしても、決してまともなAV作品にはならない。もしも男が本気で暴力を使い犯そうとしてきたら、女性は恐ろしくて、泣きわめいて抵抗するなんてとても出来ない。ただただ固まってしまうばかりだろう。つまりは画にならないのだ。1980年代半ば代々木忠監督は、面接に訪れるAV女優たちの中に「レイプ願望があるんです」という娘があまりに多くいたことから、レイプ物のAVを撮ろうと考える。そして代々木が彼女たちに言ったのは、「君が抵抗しないとレイプにならないからね」ということだった。「男優はプロだから君が本気で殴ろうが引っ掻こうが大丈夫だ。思いっ切りやりなさい」と。しかし実際カメラが廻り男優が声を荒げて迫ってくるとやはり恐ろしい、だからそこには迫真の緊張感が生まれる。しかも彼女には「乱暴に犯されたい」という密かな願望があるから、欲望は爆発する。優れたAVドキュメンタリーには、必ずそういったしたたかな演出が存在するのだ。


 実はバクシーシ山下もまったく同じことを言っている。
<「(『女犯』撮影前の面接・打合せの際)ウチの会社で以前撮ったレイプ物を見せて、「このくらいのことはやるよ」と。「痛いかもしれないけれどレイプ作品なんだから、自分からも殴り返さなければいけない。痛いのを印象づけるために、きみも殴らなければいけないよ」と説明するんです>(『セックス障害者たち』太田出版/1995年より)。
 また、こんな発言もある。
<『女犯』はいわばオバケ屋敷と同じなんですよ。(客は)オバケが出てくると分かっていても、やっぱりキャーキャーいうじゃないですか。それと同じで、ポンプ宇野が出ると分かっていても、北崎が出ると分かっていても、やはり嫌なものは嫌という。《注2》>(前掲書)。

 本欄〈バクシーシ山下・編〉の第1回で、山下と代々木忠の手法が似ていると書いたのはこの意味だ。ただひとつだけ大きく違う点がある。それは山下が先に書いた、〈メディアとしてのAV〉の特性を巧みに利用していたということだ。つまり世の中の人々の中にある、<ひょっとしたらどこかに本物のレイプAVがあるんじゃないか?>というファンタジーをくすぐったのだ。そして代々木と山下の決定的な差異は、僕は時代だと考えている。代々木忠がレイプ要素のある『悪戯』シリーズや、男女の心の奥底にある醜い本音までえぐり出すようにな『いんらんパフォーマンス』シリーズなどを撮っていた1980年代には、<女は男に従うべきだ>とか<女の性感は男が開発してやるものだ>というような、男の独りよがりな幻想がまだ生きていた。だから「レイプされて感じてしまう女(『悪戯』や初期の『ザ・面接』)」や、「一人の男では満足せず、複数の男と貪欲にセックスしたがる女(『いんらんパフォーマンス』)」という世界観が刺激的だったのだ。

 しかしバクシーシ山下が登場したときには、そんな〈物語としてのAV〉は消えていた。きれいさっぱり消えていたにも関わらず、一方の〈メディアとしてのAV〉は死なないだけでなく、以前よりも力を持って生き続けた。だから<金のためならどんな汚れ仕事でもやる最下層の企画女優>や、<女とヤルためならどんな非道なこともやりそうな特殊男優>という新たな幻想が生まれたのだ。そう、これもまたバクシーシ山下による巧妙な仕掛けであった。なぜなら彼は「僕の作品がドキュメントだなんて言うヒトがいるけど、AVだから許されるワケで、たとえばテレビで同じことをやったらあんなもの〈ヤラセ〉ですよ」と語っている(『20世紀のアダルトビデオ』アスペクト刊/1997年より)。したがって『女犯』シリーズや一連の監禁シリーズ(『錯乱!〜監禁慮辱72時間』他)以降、バクシーシ山下のカメラは広く外へ飛び出していくわけだが、そこではAVだから許される、イコールAVだからこそ捉えられる人物や社会へと転換されていった。それが傑作と呼ばれる『ボディコン労働者階級』以降の作品群である。

 山下はこうも語っている。
「テレビでやる山谷のドキュメントとかは妙に構えちゃってるじゃないですか。問題意識持って撮影しますからね。それだと問題意識を共有してる人にしかインタビューに答えてもらえない。ただ、適当に山谷行って労働者のオヤジの意見拾って来ましたじゃ番組に成りえないですから。その点AVは強いですよ(笑)、カラミさえ入ってればAVとして一本の作品になっちゃう」(『アダルトビデオジェネーション』より)
 バクシーシ山下の作品が常に奇妙な人々やヤバイ連中を撮りながら、決してキワモノにならないのはこの目線の確かさである。あるいはカメラというモノの強さ、その特性を知り尽くしていると言ってもいいだろう。


 僕が個人的にとても好きな1994年の作品、『私が女優になった理由〜望郷編』も同様だ。特にその後半、今や人気AV男優・花岡じったがまだ特殊男優の一人だった頃、彼が柳光石(ユウ・クワンソッ)という名前で登場するパートである。花岡じったは実は在日韓国人二世で、同じく在日のAV嬢・呉香姫(オー・ヒャンヒ)という女の子と、祖国韓国へ渡ってセックスしてもらいましょうといういかにもバクシーシ山下らしい企画である。そう、やるコトは、実はAV男優とAV女優のセックスなのだ。ところが企画の途中で呉香姫のパスポートが取れないという事態が発覚(在日韓国人のパスポートは本国の戸籍の関係で簡単には取れない)、つまりカメラの視線が常にAVにあるというだけで、日本と韓国が抱えている奇妙な矛盾点までが垣間見えてしまうのだ。

 結局のところこれまた山下らしい安直な企画変更で、それでは韓国に最も近い日本、対馬で対岸の祖国を見ながらセックスしてもらおうということになるのだが、日本海を眺めながら国籍に関して語り合う花岡じったと呉香姫の会話が、やはりそれなりの重みと共に不思議なユーモアに包まれる。呉香姫が「自分は十の内九までが日本人だけど、やっぱり韓国人になりたい」というのに対して、花岡じったこと柳光石は「そうだな、俺はアメリカ人になりたいな」と言ってスタッフの爆笑を買うのだ。しかし、続く「だってアメリカは人種のルツボだろ、何人って意識しないで済むじゃん」という花岡の言葉は、やはりバクシーシ山下の言う「妙に構えちゃうテレビのドキュメント」では、絶対に出てこない本音ではないだろうか。


 さて、次回はバクシーシ山下の転換点とも言える名作『18歳〜夢に暮らす』を中心に論旨を展開していきたいと思う。この作品が作られたのは1996年。「何も無かった時代」は終わるどころか、益々その「何も無さ」を深めていく。そんな時代をバクシーシ山下はどう描いていったのか?さらに追求していこう。乞うご期待(次号に続く)。


《注1》バクシーシ山下の登場から14年。そんな、<女性を本人の同意無く暴力で犯してしまえばそんなモノは犯罪になってしまうのは当然な話で、そんなものが商品としてリリースされるはずがない>出来事が実際に起こってしまう。2004年、バッキービジュアルプランニングというAVメーカーが、女優に「軽いレイプ物の撮影だから」と偽り、違法薬物や睡眠薬を飲ませ、1人の女優に対し30人もの男たちが暴行を加えるなどしたとして、メーカー代表者と監督が起訴された。いわゆる「バッキー事件」である。僕は当時AVレビューを書くため同社のAVを2、3本観た。事件発覚前だったのでそれが該当する作品かどうかは不明だが、正直なところ作品的クオリティは極めて低く、性的な興奮度はもちろん、「怖さ」や「迫力」というものすら感じられなかった。誤解を恐れずに言えば、つまり<AVドキュメンタリーにおいては、本当にレイプしても「レイプAV」には決してならない>という、その最悪な例になってしまった。

《注2》ポンプ宇野も北崎も当時V&Rに出入りしていた特殊男優。特にポンプ宇野は食べ物や飲み物を自由自在に嘔吐出来るという特技(?)を持ち、女優にゲロを吐きかけるという、パクシーシ山下レイプ作品のクライマックスシーンを担当した。また他のマニア男優と違って普通にセックスも出来たため、花岡じったと並び、90年代を通し山下作品にコンスタントに登場する常連男優となった。

※キャプチャは「私が女優になった理由 望郷〜編なぜクニに帰れないか知ってますか?〜
東良美季プロフィール

東良美季(Tohra Miki)1958年生まれ。

編集者、AV監督、音楽PVディレクターを経て執筆業。
著書に『猫の神様』(講談社文庫)、『東京ノアール〜消えた男優 太賀麻郎の告白』(イーストプレス)、『代々木忠 虚実皮膜〜AVドキュメンタリーの映像世界』(キネマ旬報社)、他。

日刊更新ブログ『毎日jogjob日誌』http://jogjob.exblog.jp/

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