1990年代アダルトビデオの奇跡 Vol.8
2016-01-25
コラムニスト:東良美季

カンパニー松尾・編 最終回


一人称ロードムービーにエンターテイメントの要素が加わった。
数台のカメラが追うドキュメントがリアルにシーンバックし、
重なり合う時間がポリリズムのように大きくうねる。
カンパニー松尾が大きく転換期を迎えるキッカケとなった作品だ。


 というワケで──と云うのはカンパニー松尾自身がしばしばビデオの中で発する彼の口癖だが──8回にわたって続けて来たカンパニー松尾作品の研究も本稿を以ってひとまずの終了です。今回は1994年にリリースされた『、今回はいよいよAV史上に残る名作中の名作、1993年の『素人自由恋愛地帯を行く〜北のテレクラうまいっしょ!』(V&Rプランニング)の内容を紹介していくと共に、松尾作品の魅力とその真価を総括してみたいと思う。

 この『素人自由恋愛地帯を行く〜』はいわゆるテレクラ物の第1作であり、それ以前の『私を女優に〜』シリーズや『熟れたボイン』シリーズに見られた一人称ロードムービーに、エンターテイメントの要素が加わるキッカケとなった重要な作品だ。また、松尾作品に松尾以外のカメラが積極的に入り込んだ初めての作品でもある。本作ではカート外山、フリオ・セザール大橋という当時のV&R社員ADのみだが、これにやはりV&R名物広報のスチャラカ宮下、さらには外部から平野勝之、ダーティ工藤、ゴールドマンといった個性派ゲストを迎え入れ『仮想風俗体験〜これがテレクラ!即アポ娘』(1994年)、『同〜これがテレクラ!即ヌレ娘』『同〜これがテレクラ!即ヤリ娘』(共に1995年)というテレクラ集団劇の三部作が作られる。またこの手法は96年、松尾が活動のフィールドをh.m.pの〈dokan〉レーベルに移しても引き継がれ、バクシーシ山下、花岡じった、いちはらカズ等を迎え、テレクラに路上ナンパとバイクレースの要素を加えた『テレクラキャノンボール』シリーズへと進化していく(第1作は『テレクラキャノンボール 東京・仙台・青森 爆走1500キロ』1997年)。


 一方、その前年に古巣V&Rプランニングを退社したカンパニー松尾は、数年間に渡る激務に疲弊した心と身体を癒すように数ヶ月にも渡るあてのないテレクラ一人旅に出るのだが、その時の体験を元にして『燃えよテレクラ〜北風のブルース』(1995年)、『同〜風は南へ』(1996年)といった〈燃えよテレクラ〉シリーズを、フリーランスのAV監督としてV&Rからリリースする。こちらは松尾の一人旅による地方の女性達との瞬間恋愛を描いたもので、一転して内省的で叙情的な作風である。僕は個人的にはこのシリーズが好きで出来れば紹介したいのだが、そうなって来ると99年に自宅の風呂場で事故死したライター井島ちづるの処女喪失を描いた『ザ・プライバシー〜「処女なんです…」』(1996年)や、募集系モデルの面接作『裸の履歴書』シリーズ、さらには『二〇〇一年テレクラの旅』まで触手が伸び、延々とカンパニー松尾作品が続くということにもなりかねないので(涙)、ココを一応の区切りにしたいと思う。

 それでは『素人自由恋愛地帯を行く〜北のテレクラうまいっしょ!』に話を移していこう。舞台は1993年の青森、クリスマス・イヴイヴの12月23日から始まる。後に松尾が「聖地」と呼ぶことになる青森駅近くのテレクラにやって来た松尾、外山、大橋。彼らは23日にそれぞれハメ撮りをする相手をゲット出来るか? そして翌日には4Pを出来るテレクラ娘を探そうという、今見ても非常にスリリングな企画である。


 何度も書いているけれど、カンパニー松尾は常に安定した撮影状況を拒否することによって力強く進化してきたAV監督である。それは80年代からバブル期へかけてのAVが抱えてきた欺瞞性への拒否であった。松尾の言葉を借りれば「スタジオで照明あてて『ヨーイ・スタート』で始まるセックスなんて嘘だ」である。その結果が『私を女優に〜』ではロケ場所等をその場で決める即興演出、前回紹介の『Tバックヒッチハイカー』では男優の現地調達、そして本作から始まる一連のテレクラ物では、AVにとって最も重要な要素である女優までもを特定せずにロケが始まるという形態まで取る結果となった。

 ではなぜ松尾はそうやって撮影を次々スリリングなものにして行ったのだろう? これも繰り返しになるけれど、最終回なのでまとめの意味を込めて記しておきたい。ひとつには先に挙げたバブリー欺瞞性への拒否、少年時代にパンクロックに強く影響された松尾の精神性があると思われる。松尾はかつて僕のインタビューに「『つまらない大人になんてならないぞ』っていう青臭い気分ってあるじゃないですか」と笑いながら語ったけれど、V&Rという80年代にはまだ弱小だったメーカーに育った彼にとって、大手のAVメーカーが作る美少女AVは実に〈大人が作った予定調和〉以外の何物でもなかったに違いない。


 そしてさらにもうひとつ、松尾が持つ映像テクニックも忘れてはならない。「策士、策に溺れる」という言葉があるけれど、松尾作品を長年見続けている人ならば、彼の作品は失敗作ほどテロップや編集が饒舌であることに気付くだろう。そう、松尾はソコソコの撮影やソコソコの素材でも編集その他のテクニックでそれなりの作品に仕上げてしまう。そこには第6回で指摘した〈ヒップポップ〉の手法と、〈叙情性〉溢れる言葉(テロップ)という松尾ならではの個性があるのだが、同時にそう言った小手先の技術を最も嫌悪するのが、誰あろう当のカンパニー松尾自身なのである。

 よって本作『素人自由恋愛〜』では松尾、外山、大橋の持つ3台のカメラが捉えた映像を現場のリアルタイムで編集、つまり同時進行のシーンバックで繋げることによって作品全体をポリリズムのように大きくうねらせているのだが、随所に松尾が大橋、外山に「女の子がOKしなくても、その過程を撮って来い」と指示する場面が見られる。つまり編集や後処理で誤魔化す必要のない、出来るだけ力強い素材を集める事に専念しているのだ。さらにココで前回に書いた〈我慢に我慢を重ねて奇蹟を待つ〉というスタイルが踏襲される。そして『Tバックヒッチハイカー』でも松尾とモデルの高橋あゆみが同じベクトルを持った時に物語が大きく動いたように、本作でも互いに我慢強くショットを積み重ねることによって松尾、外山、大橋それぞれの方向が重なり、イヴの夜の4Pという大団円(とは言えちょっとトホホと笑えるクライマックスなのだが)が生まれるのである。


 最後に、それにしても本作を観て改めて思う。時の経つのはあまりにも早い。この頃のテレクラのなんと牧歌的なことか。もうすでに〈援助交際〉という名の金銭の介在はあるのだが、ここに登場する女の子達はそれでも心の触れ合いを求めている。特に1日目の夜、カート外山がセックスする女の子の「一緒にイキたいの、愛してるから」なんて台詞はたとえ一夜限りの瞬間恋愛だとしても、これは90年代のアダルトビデオというものがもたらした奇跡だったとしか言いようがない。さて、次回からはカンパニー松尾の盟友であり、永遠のライバル(?)バクシーシ山下編に入ります。バクシーシ山下を語るということは同時にカンパニー松尾を語るということであり、実はむしろバクシーシ山下という才能の方が、より90年代的であったとも言える。つまりAVを通して90年代とは何だったのか? その意味を語りたいと思います。どうぞ御期待ください(「バクシーシ山下編」に続く)。

※キャプチャは「燃えよテレクラ」「2001年テレクラの旅
東良美季プロフィール

東良美季(Tohra Miki)1958年生まれ。

編集者、AV監督、音楽PVディレクターを経て執筆業。
著書に『猫の神様』(講談社文庫)、『東京ノアール〜消えた男優 太賀麻郎の告白』(イーストプレス)、『代々木忠 虚実皮膜〜AVドキュメンタリーの映像世界』(キネマ旬報社)、他。

日刊更新ブログ『毎日jogjob日誌』http://jogjob.exblog.jp/

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