1990年代アダルトビデオの奇跡 Vol.7
2016-01-07
コラムニスト:東良美季

カンパニー松尾・編 第7回


AV史上に残る名作中の名作。それは〈ヒップポップ〉的手法から一転、
ギター一本で唄う長い長いフォーク・ブルースのような味わい。
カンパニー松尾の映像に対する大いなる飢餓感が、
東京〜徳島〜小倉〜鹿児島、奇跡と感動を呼ぶ旅になった──。


 さて、今回はいよいよAV史上に残る名作中の名作、1993年の『日本縦断タダ乗り紀行・Tバックヒッチハイカー〜高橋あゆみ・南へ急ごう!』(以下『Tバックヒッチハイカー』と略す)を紹介しよう。これは『ビデオ・ザ・ワールド』誌1993年下半期AVベストテンの第1位を獲得。同時にカンパニー松尾は監督賞も受賞した。僕自身も選考員のひとりだったが、メンバー7人のうち4人が10点満点、2人が9点で計58点。第2位・平野勝之監督の『ザ・ガマン〜しごけ!AV女優』(V&Rプランニング)の32点に大差をつけた圧勝であった。ちなみに松尾は『私を女優にしてください〜番外編片親スベシャル』で5位、前回紹介した『私を女優にして下さい8〜日光・大宮・名古屋B・C・E-CUP爆走ツーリングSP』で6位を獲得している。まさにノリに乗っていた年の作品である。


 第5回でカンパニー松尾という作家には、状況がスリリングなものでないと白々しい、つまらない、カメラを廻す意味すらないと考えてしまう、映像に対するどうしようもないほどの飢餓感がある──ということを書いた。そもそも松尾の出世作とも言える『私を女優に〜』シリーズでは言わばロケセットや撮影プランの無いシューティングというスタイルを取っていたのだが、それは各地から届いた「AVに出たい」という女の子の元に出向くという、言わば受動的な撮影スタイルであったからだ。それに比べ本作『Tバックヒッチハイカー』はAV女優を連れて旅をしながら彼女とセックスしてくれる男を探すという、企画の段階から能動的なものであり、松尾が自らの手法にハッキリと自覚的になるキッカケになったと思われる作品でもある。

 また前回、松尾の作品を読み解くキーワードとして〈叙情性〉と共に〈ヒップポップ〉をあげた。映像を切り貼りするように作り上げていく手法を〈ヒップポップ〉になぞらえたワケだが、既成の音源からビートを切り刻んで(ブレイクビーツ)その上にサンプリングした音を乗せていくのが〈ヒップポップ〉なら、本作はさしずめアコースティク・ギター一本で唄う長い長いフォーク・ブルースのような味わいがある。僕は松尾のこの作品を観るたび、ニール・ヤングの「タルサへの最後の旅」という曲(アルバム『ニール・ヤング』所収、B面最後の曲。ギター一本で唄われる9分半にも及ぶ曲)を思い出すのだが、いつもの松尾らしいオシャレなMTV風のイメージシーンは一切なく、ワンカットワンカット地道に重ねられた映像は、やはりカンパニー松尾という人の地肩の強さを再認識させられ、カメラワークの秀逸さと力強さを思い知らされた作品であった。


 では作品を冒頭から見ていこう。まずはカラーバーの上に唐突に乗せられた〈ヴォーグ〉のレーベルロゴが終ると、まったくの無音。黒字に白抜き文字というシンプルきわまりないテロップでこう始まる。
<六月某日、深夜。突然企画を思いつく/AV嬢がヒッチハイクで日本の夏を旅する/Summer Vacation 1993/これを思いついた夜、ワクワクしてなかなか寝つけなかった……>
 引き続いて<夏に向かってすぐさまキャスティングを開始したが/しかし「一週間の拘束、何人の男にヤラれるかわからないというロケ」に出演してくれるという女はなかなか見つからなかった>というテロップが流れるのだが、その背後にあった伏線について少し説明しておこう。

 V&Rプランニングではバクシーシ山下がその前年に『ボディコン労働者階級』、そして同年に『ボディコン労働者階級2』という傑作を発表している。一般的なメディアでも取り沙汰された名作なのでご存知の方も多いと思うが、1作目は山谷のホームレス労働者にAV嬢を抱かせたらどうなるかという企画であり、続編の『2』は当時代々木公園等を占拠して社会問題化していたイラン人労働者と、AV女優を絡ませるというものであった。そして1作目では石原ゆりが、2作目では麻宮ゆきのがそれぞれ労働者たちと果敢にセックスをしている。松尾の中に盟友でありライバルでもある山下の傑作が、脳裏にあったのは想像に難くない。僕が1992年に試みたインタビューでも、松尾は「山下や社長(安達かおる)が過激に走るのを間近に見ていて、自分だけ軟弱な美少女物を撮っていてはいられないと思った」と発言している。

 また、麻宮ゆきのは女子大生でありながら「お金ではなく好奇心でAVに出ている」と公言していたなかなかの美少女で、平野勝之作品でも悪臭渦巻く地下下水道で加藤鷹とセックスする(『制服ゲリラ』ディレクターズ)等、かなりのムチャも平然とこなす娘であり、僕は松尾の思惑の中には、彼女あたりがあったのではないかと想像していた。93年に行ったインタビュー(『Tバックヒッチハイカー』の『ビデオ・ザ・ワールド』誌年間ベストテン第1位受賞記念)では「そうそう、麻宮はその直前に引退してもう居なかったんだけど、どちらにせよもっと明るい、ノリの軽い娘で明るい作品にするつもりだった」と語っている。

 しかし、そこに登場するのが<そんな時、変った素人女が面接に来た……>と現われる、本作ヒロインの高橋あゆみ(22才)である。そしてこの少々偏屈で、心を閉ざしがちの女の子のおかげで、この作品は大きく化ける結果となる。要は、東京からヒッチハイクで鹿児島を目指す、乗せてくれたヒトにはお礼としてセックスさせるというテーマの裏に、「高橋あゆみが心を開き自己を見つける旅」という伏線がドラマティックに張られる結果となるのだ。


 そして我々はここでもまた、カンパニー松尾の映像への果てしない飢餓感を垣間見ることになる。1日目、世田谷のインターから始まるヒッチハイク旅だが、約3時間粘りに粘ったおかげで岡山まで帰省するロンドン帰りの、松尾と同い年の銀行マンの車を捕まえる。この若き銀行マン氏が松尾と同い年であったこと、そして固い仕事に就きながら非常にフレキシブルな感性を持っていたことを奇跡と呼ぶか、松尾と高橋の粘りが呼び込んだかは各論分れるところだろうが、しかしそれはともかく、深夜岡山の山道で高橋と銀行マン君が見事にカーセックスを決めた後、宿を求めたラブホテルで、お互い疲労困憊しているのにも関らず、<先は長い、彼女の偏屈な性格をここで少しでも直しておかないと>と松尾は高橋に執拗にインタビューを試みるのである。それは「眠りたい」「自分の事は語りたくない」と拒む高橋に対し、有無を言わせぬ強引さである。この執拗さとこだわりはいったい何だろう? 松尾だって、というか、カメラを廻している松尾の方がよほど高橋より疲労していたはずなのだ。やはりそこには作品や映像を向上させるための、異様なほどの飢餓感があると感じざるをえない。

 また翌日はわざわざ四国に渡り徳島に寄り道するのだが、それは<単に阿波踊りが見たいから>と説明されるものの、そこには日本のリオのカーニバルたるお祭りをカメラに収めれば、作品上必ず大きなトピックになるという計算が働いているに他ならない。しかし結果的にこの徳島行きが高橋の心を少しずつ開き、九州に渡り彼女がその想いを松尾に手紙でしめし、ラスト鹿児島での感動的なクライマックスへと向かわせるのだ。以降、この我慢に我慢を重ねて奇跡を待つというスタイルは『仮想風俗体験〜これがテレクラ!』シリーズに引き継がれ、大いなるエンターテイメント性を獲得していく。つまり『劇場版 テレクラキャノンボール2013』の、もうひとつの原点だったのかもしれない。そして何より本作『Tバックヒッチハイカー』が1993年の夏を捉えた貴重な記録であるということ、また『テレクラキャノンボール』シリーズの裏テーマが、冒頭引用したテロップにあるように、「日本の夏の旅」であるということも押さえておきたい(続く)。

※キャプチャは「仮想風俗体験 これがテレクラ 即アポ娘」「仮想風俗体験 これがテレクラ 即ヌレ娘」「仮想風俗体験 これがテレクラ 即ヤリ娘

東良美季プロフィール

東良美季(Tohra Miki)1958年生まれ。

編集者、AV監督、音楽PVディレクターを経て執筆業。
著書に『猫の神様』(講談社文庫)、『東京ノアール〜消えた男優 太賀麻郎の告白』(イーストプレス)、『代々木忠 虚実皮膜〜AVドキュメンタリーの映像世界』(キネマ旬報社)、他。

日刊更新ブログ『毎日jogjob日誌』http://jogjob.exblog.jp/

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