1990年代アダルトビデオの奇跡 Vol.5
2015-12-07
コラムニスト:東良美季

カンパニー松尾・編 第5回


アダルトビデオもまた、新しい物語を渇望していた。
一泊二日のロケではなく、シナリオのある不抜けたAVドラマではなく、
ドキュメンタリーとは名ばかりの女の子御紹介ビデオでは無いもの。
そんな想いに小型高性能化した8ミリビデオが拍車をかけた。


 前回〈人間がセックスするためには物語性が必要である〉と書いた。だけどコレ、よく誤解されるのでもう少し補足しておくことにする。以前にも同じようなコトを書いたら、とあるライター氏に〈トーラミキはドラマ以外のAVは無意味だと言ってる〉みたいな趣旨の文章を書かれてしまったことがあった。僕がここでいう物語性とは、ドキュメンタリーに対するドラマというような意味ではなくもっと根源的な意味だ。

 たとえば心因性の記憶喪失という病気がある。言わば精神的ショックによって記憶の一部が失われてしまうわけだが、コレは別にゴハンの食べ方を忘れてしまったり箸の使い方を忘れてしまうことではない。また、日本で育った日本人が日本語を忘れてしまうなんてことはないし、生まれながらの日英バイリンガルの人が突然英語をしゃべれなくなってしまうなんてこともない。ただし、高校時代に留学して英語を学び堪能だったはずの人が、ある日突然しゃべれなくなってしまうなんてことはあるかもしれない。その地で精神的にショックな出来事があり(レイプされたとか犯罪に巻き込まれたとか)、無意識のうちにその時代の記憶を封印してしまうのだ。つまり何が言いたいのかというと、記憶喪失とは日常の中で得たスキルや修練を忘れてしまうのではなく、自らの人生の物語性を喪失してしまうのである。

 一方、恋愛についても考えてみよう。例えば彼女にフラれて涙にくれている男に「女なんて他に星の数ほどいるさ」という言葉が何の慰めにもならないのはなぜだろう? 大抵の人間は、恋愛をするとほぼ無意識のうちに二人の将来の物語を構築してしまうからだ。単純に言えば今年のクリスマスイブはどこで過そうとか、一緒に暮そうとか、何年後かには結婚しようとか、そういった物語である。我々の持つ物語というのは、過去と未来とのバランスの上に立って成り立つものである。失恋というのはその時間軸が突然断ち切られるから身を切られるような想いをするのだ。しかしその逆もまた同様だ。人は新しい恋に出会うとまるで自分の人生に別の角度からスポットライトが当ったような気になる。新しい物語の始まりに歓びを見いだすわけだ。


 さて、以上が落語で言えばマクラ。ここからが本題です。カンパニー松尾はビデオの中で〈男女がSEXする必要性〉に誰よりこだわった作家である、と先月書いた。つまり何度も言うけれども、それは〈80年代から続くバブリーな欺瞞性〉に違和感を持ち続けていたからだと思われる。しかしこれは同時に、バブルとその崩壊を経験してしまったアダルトビデオが、ある意味成熟するだけ成熟し切ってしまった結果とも言える。簡単に言ってしまえばもう誰も〈えっ、こんな可愛いコが人前でセックスしてしまうの?〉では驚かなくなってしまったのだ。そう、アダルトビデオもまた、新しい物語を欲していた。それに最も敏感だったのがカンパニー松尾というAV監督だったのだ。

 新しい物語、それはよりスリリングな展開だった。一泊二日のロケではなく、シナリオのある不抜けたAVドラマではなく、予定調和のインタビューではなく、ドキュメンタリーとは名ばかりの女の子御紹介ビデオではないもの。カンパニー松尾が渇望したであろうそんな想いに小型高性能化した8ミリビデオが拍車をかけた。何度もテンションが下がり中断しつつも2002年になってやっとで終止符が打たれた人気長寿シリーズ、『私を女優にしてください』が始まったのは意外に早く、1991年の7月。前回紹介した『ラスト尿〜林由美香』からわずか7ヶ月後である。


 そしてその3ヶ月後、『私を女優にしてください2〜小倉・宮崎E−CUP悶絶編』には早くも〈宮崎の葉山レイコ〉が登場。それからたった2ヶ月後に彼女は宮崎レイコと正式に名前を変え、単体女優として『熟れたボイン〜宮崎レイコ』がリリースされることになる。ココに来て松尾の8ミリ一人称ビデオにロードムービーの要素が加味され、そのスタイルが一応の完成を見ることになるのだが、宮崎レイコとの関係が遠距離恋愛の様相を呈し始めたこともあり、『熟れたボイン』シリーズも、単なる単体作品を越えた実にスリリングなものになる。

 松尾は林由美香の『硬式ペナス』や『ラスト尿』に関して、<林由美香には僕を揺り動かして作品にまで影響を与えてしまう程のパワーがあった>とコメントしてる。また、<AV女優に惚れようが惚れまいがそれとは別に作品は撮れる>とも語った。それは宮崎レイコにしても同様であったはずだ。松尾は<彼女に対してはビデオで「好きだ」と告白したら逆に「好きだ」と言われた。宮崎さんはどんどん自分を晒して来るのに僕には出来ない。それがジレンマを生んで作品に大きな力を与えたのだろう>と語っている。しかし彼の才能と技術をもってすれば、やはり<AV女優に惚れようが惚れまいがそれとは別に作品は撮れる>のだ。では何故そうしなかったのか? そこには状況がスリリングなもので無いと白々しい、つまらない、カメラを廻す意味すらないと考えてしまう、松尾自身の持つどうしようもない映像に対する飢餓感があるとしか思えない。

 その証拠にこの後の松尾は、『私を女優に〜』シリーズでは言わばロケセットや撮影プランの無いシューティングに臨み、続いての『Tバックヒッチハイカー〜南へ急ごう』(1993年)では女優のみ連れて男優は現地調達。続く『自由恋愛地帯を行く』(1994年)ではテレクラを舞台にし、ついに女優すらも現地で調達するというスタイルを取る。つまりは常に自らをよりスリリングな状況に置くべく追い込んでいくのだ。一方、そんな松尾の生み出した新しい物語性は若いユーザー達に何を与えたのだろう? それは誰にでも新しい旅と恋愛にめぐり合うチャンスがあるという可能性だった。つまりココに来てアダルトビデオは80年代から抱えて来た暗い欺瞞性を捨て去り、新しい物語性を得た。ただしその未来はいわゆる〈失われた20年〉の始まりであり、今から思うと決して明るくはなかったのだが──。


 さて最後に「宮崎レイコ・熟れたボイン」シリーズについて短くコメントを書いていく。3部作中、最高傑作と呼ばれるのはエイズ問題や(今では信じられない事だが、あの頃は日本中がエイズパニックだったのだ!)、宮崎レイコとの恋愛感情が佳境にあった『熟れたボイン第2章』(1992年)であり、インパクトとしてはやはり第1作の『熟れたボイン 宮崎レイコ』であろう。しかし個人的にはラスト作『熟れたボイン最終章』が捨てがたい。二人の関係が既にすでに冷めていたことで蛇足と言われ、しかしながら既に宮崎レイコの単体女優としての人気が沸騰していたため、「売上げだけを求めた」と揶揄までされた。

 とは言え宮崎レイコのポスターを東京中に張り巡らすという斬新なアイデアの元に撮影されたイメージシーンはやはり秀逸で、カンパニー松尾の持つMTV的映像感覚が最高潮に達した傑作だと思う。また作中、宮崎レイコが語る「V&Rで撮ってもらって本当によかった」という発言や、地元宮崎へ帰る彼女をスタッフ全員で見送るシーン、童貞喪失の相手をしてもらったV&Rの名物広報・スチャラカ宮下クンの涙と共に、当時のV&Rプランニングというメーカーが持っていた若く瑞々しい感性と、ココから、この場所から新しいAVが始まるのだという希望に満ちた作品であった(続く)。

※キャプチャは「日本縦断タダ乗り紀行Tバックヒッチハイカー 高橋あゆみ 南へ急ごう!

東良美季プロフィール

東良美季(Tohra Miki)1958年生まれ。

編集者、AV監督、音楽PVディレクターを経て執筆業。
著書に『猫の神様』(講談社文庫)、『東京ノアール〜消えた男優 太賀麻郎の告白』(イーストプレス)、『代々木忠 虚実皮膜〜AVドキュメンタリーの映像世界』(キネマ旬報社)、他。

日刊更新ブログ『毎日jogjob日誌』http://jogjob.exblog.jp/

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