1990年代アダルトビデオの奇跡 Vol.3
2015-11-09
コラムニスト:東良美季

カンパニー松尾・編 第3回


バブル期を貫いた暗く貧しい欺瞞性──それは大手五社と言われるAVメーカーの利権と
メジャーAV女優の出演権をすべて抱え込んだ上に成り立った
まさに砂上の楼閣の如き繁栄だったはずだ。
修業時代、若きカンパニー松尾が見た崩落の向うの可能性とは?


 しばしば「天才」と呼ばれるカンパニー松尾だが、盟友・バクシーシ山下が処女作『女犯』(1990年)でそのスタイルをほぼ完成しているのにくらべ、V&Rプランニング時代の松尾は実に試行錯誤のAV制作を繰り返している。いや、ひとつひとつの作品の完成度が高いから試行錯誤というよりも、いくつかの発展段階を経ていると言った方がいいかもしれない。大まかに分けてみると以下の5つになる。

 まずは《第1期・『あぶない放課後』シリーズを始めとする、宇宙企画さいとうまこと作品を追い求めるような美少女ドラマ路線》、続いて《第2期・『OH! 満子』『ウンタマギール』他、マガジンビデオでMTV的でポップな画作りを追求していた頃》、次に林由美香期とも言える《第3期・一人称恋愛ビデオ路線》、さらにはその一人称恋愛路線にロードムービーの要素が加わった《第4期・宮崎レイコ『熟れたボイン』シリーズ〜『私を女優にしてください』シリーズ》、そして一人称恋愛から離れ、ロードムービーにエンターテイメント要素を取り入れた《第5期・『素人自由恋愛地帯』〜『燃えよテレクラ!』シリーズ》である。


 以上、便宜的にこうして分けてみたものの、それらの時期はそれぞれ交差し複雑に入り交じっているし、また、20歳そこそこでV&Rプランニングに入社して、オーナー監督・安達かおるの元でAD修業をしながらやがて一本立ちして監督になっていくという過程が、すべてカンパニー松尾という一人の若者の青春そのものだという点も実に重要だ。特に1年365日ほとんど社屋に泊まり込んで過したというその前期は、〈仕事〉と〈私生活〉の区別がほとんどなく、林由美香や宮崎レイコとの恋愛沙汰もその自然な結果である(ちなみに童貞喪失の相手も、淫乱派AV女優の亜里沙)。つまり松尾ならではの一人称恋愛ビデオというモノも、実は彼のそういった実生活のたまものであり、彼の青春の投影そのものだと言える。カンパニー松尾の作品が単なるオナニーネタとしてだけでなく、若い世代の大いなる共感を呼んだ大きな理由はそこだ。それらはカンパニー松尾・原作+井浦秀夫・画による劇画『職業AV監督』(秋田書店全5巻)に実に面白く生き生きと描かれているので、興味のある人は読んでみてください。


 それではいよいよカンパニー松尾作品の変遷と、その歴史について考えていってみよう。最初にその《第1期》と《第2期》、言わば恋愛未満時期だが、ココで最も重要なのは、その時期に松尾の映像テクニックが磨かれ(それは1991年9月リリースの『当然ワイセツ〜沢口まりあ』で一応の完成をみるのだが)、同時に彼のアダルトビデオに対する哲学とも言える姿勢が少しずつ形成されていくことにある。まずはそこに至る以前の過程から、少しさかのぼって考えてみたい。

 カンパニー松尾がV&Rプランニングに入社したのは1986年である。その前は映像専門学校の「東放学園」を卒業後、テレビ制作会社「テレキャスジャパン」に入社。本連載の第1回でも簡単に触れたが、同社には彼が入社する以前に、V&R代表の安達かおるが在籍していた。松尾はその縁で後に「テレキャス〜」が倒産した際、V&Rへの入社を勧められることになる。時は1980年代半ば、ピーター・バラカンや小林克也がVJとして活躍するMTV番組全盛期である。松尾は(本人曰く『下っ端の下っ端、下の下』の)ADとして『ポッパーズMTV』(TBS系列)という番組を担当。レコード会社をまわりミュージックビデオ・クリップを集めに集めて、それらを番組用に編集するディレクターのアシスタントをしていた。

 当時もV&R時代と変わらずほぼ不眠不休、1週間のうち6日は会社に泊まり込んでいたというから、彼の持つポップなMTV的映像感覚はこの期間に、潜在的に叩き込まれたのではないか? というのはまだ、20才そこそこの若者にとってビデオデッキがまだとても高価だった頃の話(松尾本人も「V&R入社後も、しばらくは自宅にデッキを持っていなかった」旨の発言をしている)だからだ。ゆえにスタジオでアシスタントとして繰り返し映像を観る、言わば「MTV漬け」のような状況であったことが、松尾の映像的感性を磨いたと推測される。


 続いてV&R入社直後だが、AVの世界は宇宙企画さいとうまこと監督による美少女単体ビデオ全盛期である。まだ22才だった松尾青年はごく自然にそれらの作品に惹かれていったと思われる。「宇宙企画」「さいとうまこと監督」と言っても若い読者にはピンと来ないと思われるので簡単に説明しておくと、さいとうまこと(1959年生まれ)は中央大学の映画研究会出身で、TV制作会社を経て、創業間もない宇宙企画に入社した社員監督(ちなみに来年、映画『ナイスですね 村西とおる』が公開予定の高槻彰は、中大映研でさいとうまことの後輩だった)。1980年代に秋元ともみ、早川愛美、小森愛といったアイドル系の傑作を数多く手がけた、いわばAV黎明期の中心人物である。

 そんなAV黎明期から現在に至るまで、イメージシーンがあって絡み(セックスシーン)があるというのがAVのひとつの典型となっているが、それを確立したのがさいとうまことであったと言っていい。特にさいとうの撮るイメージシーン(撮影は名カメラマン・矢部克己による)とは、美少女を美少女たらしめる映像詩の如きものであり、シナリオやコンテに頼らない即興演出に趣を置いた、映画よりも篠山紀信などに代表される70年代のグラビア写真を映像化したものに近かった。さいとうの作品の最大の特徴は、そんな映像詩の中で、まだ女性というものを知らない少年の、憧れと畏れを描いたということに尽きる。また、セーラー服や自転車、坂道、廃校になった校舎を使ったロケーションなど、実に70年代的なセンチメンタルで叙情的なアイテムを散りばめていたということも特徴的だ。

 つまり文字通りまだ女性の身体を知らなかった童貞少年であり、同時に映像派であった若き日のカンパニー松尾が、その世界にインスパイアされていったことは想像に難くない。またもうひとつ重要なのが、V&Rプランニングに入社してから処女作『あぶない放課後2』(1988年)を撮るまでの半年の間、師匠・安達かおるのADとして徹底的に鍛えられていたということだ。おそらく先ほど書いたさいとうまこと作品の影響もあったのだろう、劇画『職業AV監督』には、松尾が安達の気に入りそうな、地方の廃校ロケセットを捜し廻り発掘したというエピソードが印象的に描かれている。そのとき安達は初めて、「松尾クン、君はいいぞ。君には『こだわり』がある!」と誉めたという。おそらくそう言った、センチメンタルで雰囲気のある廃校を自ら探し出したことなどもあって、《第1期》の学園ドラマが発想されたのではないか? ただし松尾の作品はさいとうまことの路線を正統的に引き継ぐものではなかった。これに関しては次回以降に述べることにする。


 そしてもうひとつ、社長であり師匠である安達かおるの口癖が「ウチの会社に専門職はいらんぞッ」というモノであったのも大きい。これにより松尾はAD時代から現場では助監督・制作以外にもカメラ、照明、車両など、各種の修業を強いられたが、特にカメラ、照明のテクニックを得たと思われることが大きい。意外に指摘されることが少ないのだが、松尾だけに限らずバクシーシ山下も、プロ用カメラ機材であるベータカムの撮影が非常に上手い。プロのカメラマン並の腕前、いや、センスだけならそれ以上と言っていいはずだ。彼らの小型カメラ(8ミリビデオ〜デジカム)の並外れた上手さは、その技術が裏づけとなっている。この伝統はその後の後輩たち、望月英吾、インジャン古河、竹本シンゴといった才能にも引き継がれた。

 さらにデスクワークにおいては広告やパッケージの発注、他にも問屋や各地方ショップへの営業にまで至った。AV女優を連れて各地のサイン会へ飛び回るなんてことまでしたらしい。前回、カンパニー松尾作品を語る上で最も重要な事柄として、バブル期というモノの持った暗さと貧しさを伴う欺瞞性をあらわにしたと書いた。おそらく若かった松尾青年はそういった派手さのカケラもない果てしなく地道な業務の中に、アダルトビデオが根強く抱えていた虚飾を見たのではないだろうか? つまり大手五社と言われるメジャーAVメーカー独占する利権と、メジャーAV女優の出演権をすべて抱え込んだ上に成り立った、まさに砂上の楼閣のごとき繁栄ではなかったか。

 それらはやがて90年代初頭のAVバブル崩壊で一気に崩落するワケだが、代って台頭したのがV&Rプランニングと、ヘンリー塚本率いるFA映像プロダクトであったことは実に象徴的である。80年代後半、安達かおるはあまりに破壊的なSM作品をリリースすると同時に実にバカバカしくもアナーキーな獣姦ビデオを撮り、ヘンリー塚本は地方の造成地後を利用して爆竹を爆薬代わりに、狂気とも呼べそうな戦争映画を撮っていた。これらは今考えてみると、虚飾に満ちたメジャーAVに対するパラノイア的抵抗だった──僕にはそう思えてならないのだ。というところで今回は終了。次回は以上のような80年代後半から続いた暗い欺瞞性を打破するために、カンパニー松尾が具体的にどういった方法論をとっていったのかへと話を進めたい。お気づきのヒトも多いと思うが、キーワードは「極私的な恋愛」である(続く)。

※キャプチャは「女犯」「素人自由恋愛地帯〜北のテレクラうまいっしょ!

東良美季プロフィール

東良美季(Tohra Miki)1958年生まれ。

編集者、AV監督、音楽PVディレクターを経て執筆業。
著書に『猫の神様』(講談社文庫)、『東京ノアール〜消えた男優 太賀麻郎の告白』(イーストプレス)、『代々木忠 虚実皮膜〜AVドキュメンタリーの映像世界』(キネマ旬報社)、他。

日刊更新ブログ『毎日jogjob日誌』http://jogjob.exblog.jp/

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