ごくごくとセックスを飲み干すことができたなら Vol.13
2018-02-19
コラムニスト:花房観音

「悪い夏」の先に見えたもの ――「劇場版アイドルキャノンボール2017」――





負けるのが怖くて、最初から勝負を降り、外野席でヤジる人。
臆病さを隠すことなく正面から戦い、みっともなく負けて嗤われる人。

どっちになりたいか。

もちろん、どっちも嫌だ。どうせ勝負するなら勝ちたい。自信がなくて、怖くて、「勝負なんて馬鹿馬鹿しい」なんて言ってみて恐怖心をごまかしたり。だけど、心の奥底では勝っても負けても全力で戦いぶつかる連中が羨ましくて、羨ましすぎて、目を逸らす。あるいは、そんな自分の逃げを見透かされるのが怖くて、優位に立とうと冷静に分析するふりして吠えてみたり。

なぜ戦う。

戦うことが必要だから。他の誰かに勝つためではなく、自信の無さや臆病さや恐怖心や劣等感に打ち勝ち、脅えることなく生きていくために。つまりは全て自分のため。自分の大事な人を守れる人間になるため。正面向いて、生きていくため。

自信の無さで苦しい。自分には価値がないように感じる。生きているのが間違っているような気がして、死にたくなる日もある。ダメだと自分を責めてみる。助けを求めれば、優しい誰かが何か言葉をくれるかもしれないけれど、それでは全く何もならないどころか、更に落ち込んでしまう。
結局のところ、自分を救うのは自分しかいないのだと、身に沁みている。
だから、戦うしかない。


 カンパニー松尾監督「劇場版アイドルキャノンボール2017」を観た。
「アイドル」というタイトルだけど、主役はAV監督&MV監督たちだ。
この映画は、ヒットした「劇場版テレクラキャノンボール2013」の続編でもあり、昨年の夏、限定公開された岩淵弘樹監督のドキュメンタリー「悪い夏(2016年の東京のある男たちの)」の答えであるかのように思えた。


「劇場版アイドルキャノンボール2017」で、最も活躍するのはバクシーシ山下であるが、映画の主人公はMV監督のふたり、エリザベス宮地と岩淵弘樹だと私はとらえた。メンバーの中では若手である三十代のふたりだ。
 映画の後半からは、このふたりの暴走に焦点が当てられる。テレクラキャノンボールでは、馬鹿な勝負に本気になる男たちのひたむきさがカッコよかったが、宮地と岩淵の暴走には、カッコよさなど皆無で、痛いし、みっともないし、ズレてるし、「勘違いしてないか?」と呆れるぐらいだ。
 その分、他のメンバーの冷静さも目立ってしまい、熱の無さが物足りなくもある。対象であるアイドルへの興味の無さも。これは「BISキャノンボール」でのムードメーカーだったビーバップ・みのるの不参加というのも大きくて、彼がいないことにより、熱量の低さがあからさまにわかってしまう。
 ただ、だからこそ見えてくるものがこの映画にはあったと思う。


 前述した、岩淵弘樹のドキュメンタリー「悪い夏」は、2016年にカンパニー松尾率いるHMJM周辺で起こった暗い出来事がつづられている。平野勝之「青春100キロ」の上映中止、業績の悪化による社員の解雇等だ。本当は映像の中で映し出される以上に、深刻で暗い出来事はもっとあるはずだ。
 わずか一年でHMJMを解雇された岩淵弘樹が撮ったその映像を観て、同情する感想も幾つか見かけたけれど、私は正直、自己憐憫しかそこに感じず、「俺たちって可哀想だろ?」という声が聞こえてくるような気がして、うんざりしていた。
 あれはきっとあのときのあるがままの光景であり、あるがままの心象風景であるのだろうけれど、私はひどく冷めた目でしか見られなかった。
 可哀想なのは、あんたたちだけじゃないんだよなんても思っていた。
 私だって、不況の中、必死にもがいている。私だけじゃない、みんな、そうだ。みんな、苦しい。生きていくために働いて、その中で自分の好きなことをしているのはたやすいことではない、と。
 暗い未来しか見えない。私の生きている世界でも、そうだ。嫌なニュースばかり聞く。見上げれば絶望しかないから、下を向いて歩く。
「悪い夏」は、先の見えなさだけが後味として残っていた。
 もう、何もかもダメなんじゃないかとしか思えなかった。


「劇場版アイドルキャノンボール2017」で、岩淵弘樹は、足掻いていた。
 俺はこのまま負けたくない、負けたくないんだという、彼の叫び声が聞こえてくるようだった。その姿は決してカッコよくも美しくもない、粋でもないし醜悪に思える人もいるだろう。
 でも私は、あの「悪い夏」から半年を経て、アイドルたちの頑張りに便乗しながら、馬鹿みたいな勝負に賭けているその姿に感動したのだ。
 
 相変わらず、あの「悪い夏」は続いている。未来は暗い。先は見えない。この先、いいことなんて全くないような気がしながら日々を過ごしている。
 
 それでも、劇場の中で度々起こる笑いと、映像の世界で生きようとする人間の足掻きに、少しばかりの光が見えた気がした。


もう一度問う。
負けるのが怖くて、最初から勝負を降り、外野席でヤジる人。
臆病さを隠すことなく正面から戦い、みっともなく負けて嗤われる人。

どっちになりたいか。

死ぬときに後悔しない生き方は、どちらか。
嗤いたければ嗤うがいい。
幾らでも道化になってやろう。
この世界に何かを残せるのなら。

                           (文中敬称略)
花房観音プロフィール

京都市在住の作家、バスガイド。

京都女子大学中退後、映画会社、旅行会社、AV情報誌での執筆等様々な職を経て2010年に「花祀り」(幻冬舎文庫)で第一回団鬼六賞大賞受賞。
官能、ホラーをはじめ、様々なジャンルの小説を執筆。

公式HP:http://hanabusa-kannon.com/

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