ごくごくとセックスを飲み干すことができたなら Vol.12
2018-01-05
コラムニスト:花房観音

まだ、大丈夫だ、しがみつけ ――「私を女優にして下さい AGAIN16」――





 十数年前のこと。
 その人は、私のふたり目の男だった。妻子とは別に恋人もいる公務員で、エロライターで、絵描きで、心が病んでいて、前より先に後ろに入れ、歩道橋でくわえさせ、精液のついたティッシュを郵送してくるような人で、サディストで、嘘吐きで、自慢したがりの、一回り以上年上の男だった。
 気分の上下が激しくて、落ちているときはひたすら私を罵倒する。憎まれているんじゃないかと思ったけど、実際に憎まれていたのだろう。憎悪しか感じたことはなかったし、人間じゃなく、女ですらなく、ゴミ扱いされていた。
 そんな最低の短いつきあいだったけれど、彼に感謝していることがひとつだけある。何本かのAVをダビングしたビデオテープを渡してくれた。その中に、「熟れたボイン」という題名のAVがあった。監督は、「カンパニー松尾」。
 私はそのとき、初めてその名前を知った。
 その男のことは顔も覚えていないし、名前をネットで検索していても出てこない。死にたがっていたけど、多分、死んではいないと思う。未練なんかあるわけないし、憎しみすらも忘れてしまった。でも、彼からもらったそのビデオテープだけは、まだ手元にある。もうテープが切れてしまって、観ることはできないけれど。

 その男からビデオテープをもらって観たあとに、「こういうの出てる女の人って、お金目当て?」と、聞いた。不思議だったのだ。顔もさらしてセックスしたビデオが不特定多数の人に見られるなんて、リスクが大きすぎる。それでも出たい人というのは、どういう人たちなんだろう、と。
 私の問いに男は答えた。

「お金目当ての人もいるけど、そうじゃない人もいると思うよ」
 
 男とのまともな会話で覚えているのは、そのやり取りだけだ。



 カンパニー松尾監督最新作「私を女優にして下さい AGAIN16」を観た。2017年の夏に連絡をしてきた三人の女性と、監督が東京で、下呂温泉で、ふたりきりの時間を過ごす。「最近セックスしてなくて、したいから」「旅に出たい。思い出作り」と、口にする動機は様々だ。
 セックスしたいから、AVに出る――その動機を、「理解できない」「ありえない」「嘘だ、金目当てだろ」と思う人は、きっといるだろう。
 だけど、今の私には、AVに出る理由としては、「セックスしたいから」という動機が、一番しっくり納得がいく。

 これが、他のAVならば、そんなふうには思わない。カンパニー松尾の作品だから、出演する女たちが、その「セックスしたい」という気持ちが、他人事とは思えない。
 そう、「他人事じゃない」のだ。
 AVは男のオナニーのためにあるのが基本で、そこには男が「抜く」ためのファンタジーが不可欠で、男の欲望のための幻想の女たちが登場する。官能小説だって、そうだ。男にとって都合のいい女、都合のいい、ありえない展開の物語。「抜く」ためにあるから、そういうものだ。だからといって男を非難なんかできない。私は女性向けの官能小説も書いたことがあるし、女性向けの過激な漫画も読むけれど、あれだって随分と都合のいい男、都合のいい展開だ。そうやって、幻想が必要なのだ。リアルな現実なんか見せられたら、萎えてしまうし、絶望する。だけど、やっぱり、絶望して、誰もいらない、ひとりがいいとは言えなくて、女が男と、男が女を、女が女を、男が男を、肌を合わすことが、どうしても必要で、過酷な現実の狭間を、壊れた幻想を許して、あなたが欲しいと身体を求める。

 カンパニー松尾監督の作品を見ると、オナニーじゃなくて、セックスをしたくなる。だから、キツい。そこで描かれているのは幻想じゃない男と女の関係だから、欲しがってセックスして、そのあとの埋められない寂しさと、諦めまで見えてしまう。身体を合わせているときの幸福と愛のようなものが永遠ではないのも、セックスで相手を手に入れられないこともわかってしまう。だから、平気でいられない。他人事じゃないセックスだから、つらい。いつでもどんなときでも、気楽に観られるもんじゃない。いや、昔は、もっと軽くいやらしい気持ちになっていたけれど、それが段々キツくなってきたのは、私が年をとったせいだ。
 
 去年、あるときから、生理の量が減った。早く終わるから楽になったけれど、「ああ、もう、終わるんだな」と思い知らされた。40代半ばを過ぎ、後半に差し掛かり、長年つきあってうんざりしてきた生理が終わるのも、そんなに遠くないのだ。
 年上の人たちの話を聞くと、生理が終わって性欲が無くなったという人もいれば、別に何も変化がないという人もいる。子宮をとった女の人たちだって周りにいて、そう変わらないという話も聞く。妊娠の心配がないからセックスを楽しめるという人もいる。
 実際にどんなふうに自分がなるのかわからないけれど、確かなのは、人生は確実に折り返し地点を過ぎて、死も近づいているということだ。

 自分の年齢と同時に、同時代に生きていた人たちの年齢も気にかかる。
 近年の作品を見る度に、松尾さんは、いつまでハメ撮りするんだろう、できるんだろうと考えながら見るようになった。
「私を女優にして下さい AGAIN16」のカンパニー松尾は、52歳。登場する女の子の中には、親子ほどの年齢差の娘もいる。
 そうやって年齢を気にしながら見てしまうのは、自分の老いと同時に、この作品の中に、「AVの終わり」の気配があちこちで影を落としているのもあるだろう。AVそのものは終わらないだろうけど、確実に変わってゆく。従来の、今まで撮ってきた松尾さんの作品は、いつ、撮れなくなっても不思議ではない状況だ。AVのこの流れはもう止めることはできない。それを考えずに見ることはできなかった。
 
 いつ、終わるかわからない。
 でも、確実に近づいてきている。
 私も、ハメ撮りする松尾さんも、AVも。

 終わりの気配がするからこそ、誰にも邪魔されたくない! と、作品を見終わったあと、強く思った。頼むから、好きにさせて欲しい。説教されても、怒られても、嘲笑されても、馬鹿にされても、私は私の好きなようにしたい。私の人生は私のもので、終わりが見えているからこそ、私のために時間を使いたい。
 邪魔されたくない、好きにさせて欲しい。
 お願いだから。

 松尾さんだけではなく、登場する女たちも、そうだ。
 彼女たちは、自由だから、欲望をカメラの前で見せてくれる。
 私も彼女たちのように自由になりたいと願う。

 AVは男がヌくための、男の欲望のために作られるものだ。でも、私のように若い頃にAVに出会い、そこに登場する女たちの欲望を目の当たりにし、自分の欲望を許し、肯定し、自由に生きていいんだと思うことができた女もいるだろう。
 この世界で女であることは、女として生きていくことは、いろんなことに雁字搦めにされ、とても不自由だと40年以上生きてきて思う。でも、その不自由さの幾分かは、自分が自分を縛りつけているものでもある。私はその鎖を解き放つきっかけが、AVだった。
 とか言うと、堅苦しく聞こえるかもしれないが、要するにだらしがなく、欲望に従順で、我儘に生きたいだけだ。
 だって、もう私は若くないもの。
 誰にも、何にも、邪魔されたくない。
 自由になりたい。
 死ぬ間際に後悔をしたくはない。

「私を女優にして下さい AGAIN16」のラストの松尾さんの言葉のテロップと流れる音楽を聴いて、私自身も「まだ大丈夫だ。ギリギリまでしがみつけ」と、言われているような気がした。

 うん、まだ、大丈夫。
 ボロボロになっても、しがみつく。
 諦めることなんて、できない。
 
 

花房観音プロフィール

京都市在住の作家、バスガイド。

京都女子大学中退後、映画会社、旅行会社、AV情報誌での執筆等様々な職を経て2010年に「花祀り」(幻冬舎文庫)で第一回団鬼六賞大賞受賞。
官能、ホラーをはじめ、様々なジャンルの小説を執筆。

公式HP:http://hanabusa-kannon.com/

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