ごくごくとセックスを飲み干すことができたなら Vol.10
2017-03-02
コラムニスト:花房観音

私を許す人 〜「うちの娘はAV女優です」アケミン・著〜





 もしも私の肉親や、親しい友人が「AV女優になりたい」と言ってきたら、どうするか。私はAVが好きだけど、諸手を挙げて賛成はできない。「いい仕事だよ!」とも言えない。どこまで本気で、覚悟を持ってそう言っているのかを問うだろう。自分が好きな「AV」を否定しているからではない。けれど、全肯定もできない。それはずっと、そうだ。矛盾を抱えているのは自覚している。
 でも、やはりすすめられはしない。裸になってセックスしてお金が儲かるなどと考えているならば、「やめなさい」と止める。AVに出て、その映像がネットなどで誰でも見られる今の時代は、昔よりリスクが大きい。本名、住所などが書き込まれ、家族や恋人などにも知れ渡るかもしれない。あなたを好きで大事に思っている人が、そのことで傷つくかもしれないよとも言うだろう。あなたを傷つけようとしている人間が、必ず現れるよ、とも。
 裸になる人間を、侮蔑し、罵り続ける人間は、たくさんいる。嫌悪感をあからさまにする人間も。
 それに、AVも風俗も、裸になりセックスをする仕事は、昔ほど儲からない。十分に稼げるのは、スキルの高い、また自らも努力をし、天性のものにも恵まれた一握りの娘だ。誰もかれもがお金が儲かる職業ではない。
 けれど、それでもAV女優になりたいと、言われたら。
 あるいは、既に、AV女優になったと、言われたら。


 私はどう言葉をかけるだろうか。


 アケミンさんの「うちの娘はAV女優です」(幻冬舎)を読んだ。アケミンさんは、AVメーカーの広報からAVライターにと、十年以上、AVの世界にいて、実際にAV女優たちとも接している女性だ。
 AVは、確かに元々、男の欲望のために生まれたものだ。だけど、もう今は、「AVは男のもの」とは言えないのではないか。広報、プロデューサーと、AVに携わる女性は多いし、女性監督だって何人もいる。女性向けのAVだって出ている。「エロメン」男優・一徹さんの人気はすさまじく、イベントには多くの女性ファンが詰めかける。一徹さんだけではない、AV男優のファンの女性は多い。彼女たちは衛星放送や、ネットがきっかけでAVに興味を持ち、男優のファンになったという人が多い。
 2014年に一般の劇場で公開されたカンパニー松尾監督の「劇場版テレクラキャノンボール2013」は、口コミ、twitterで広がりを見せ全国に広まり大ヒットした。女性も多く足を運び、この作品がきっかけでAVに興味を持った女性や映画ファンもたくさんいた。
 女性が、当たり前のようにこの作品の話をするのを目の当たりにしたときには、私は「時代は変わったのだ」と、驚いた。
 私がAVに興味を持った二十年前は、女がAVが好きだなんて、誰にも言えなかったからだ。そんなことを口にしたら、頭がおかしいんじゃないかと、軽蔑されるのだと思っていた。
 この数年に、様々なことをきっかけに、AVは「男のもの」だとは言えなくなっている。
 
 そして、近年の「女性向けAV」から生まれる男優人気や、女性向け官能小説の多さ、BLと言われる男同士のジャンルの過激さを眺めていても、女の性欲は、確かにひとつの形として世間に認知されているとも思う。
 ただ、それで女性の性が自由になったかどうかというのは、私はまた別の話だと思っているが、その話をすると長くなるので、今回は置いておいて、話を戻す。


「うちの娘はAV女優です」――この本は、WEBの連載時は「親公認AV女優」というタイトルだった。AV女優という、決して家族が喜ばないであろう仕事を認めている親と娘、その関係に視点を置いたインタビューだ。

 一口に「親公認」と言ってしまうほどに単純な関係ではないと、本書を読んでもらえばわかるだろう。娘がAV女優になったと聞いて、すんなり受け入れる親もいれば、怒ったり悲しんだりして、葛藤している親もいる。
 また、その親子関係においても、最初から仲良く幸せな関係とはいえず、親も子も、様々な問題を抱えてぶつかったり、離れたりして、紆余曲折があった後に、許し合う親子もいる。
 そう、ここに登場する親子たちは、「許し合う」親子なのだ。

 私は子どもの頃から、親と仲が良くて、何でも親に話ができて、休日は親とどこかに行って、親が大好き! と、ためらいなく口にできる人が羨ましくも、少し怪訝な目で見ていた。
 私の実家はJRが一時間半に一本しかなく、駅から十キロ近く距離があり、子どもの頃にはコンビニもファーストフードもなかったような田舎だ。両親は結婚も早く、ひたすら休むことなく仕事と子育てに生きている人たちで、真面目で保守的だった。
 そんな環境で育った私は、自分は将来、親のように結婚して子どもを持つのだ、それが女の生きる道だとずっと思っていた。
 けれどそのくせ、性的なものに対する好奇心も興味も強く、田舎の保守的な環境が居心地悪く、早くここを出たいとずっと願って、そのためだけに大学に進学した。
 私は自分の欲望と好奇心と、育ちの中で囚われていた保守的な道徳観念に引き裂かれていた。自分がしたいと思うことは、いけないことだというのがずっと胸にあった。
 引き裂かれたまま、自意識だけが肥大したあげく、24歳の時に22歳上の男に金を払ってまでして処女を喪失した。それからは、もう、無茶苦茶だった。
 今でこそ、小説家になって、過去の尻拭いをして落とし前をつけてはいるが、親に金銭的なことで大迷惑をかけ、倒れるほど心配をかけ、何よりも、「親の望む」人生を生きられなかったことでずっと罪悪感を抱き続けていた。
 ずっと、ほんの、最近までも、罪悪感はあった。いや、今でもどこか残っている。
 ごめんなさいと、ずっと、思っている。


 世間にうしろめたさなんて持たない職業について、親に堂々と紹介できるような彼氏とつきあって、結婚して、子どもを産んで……そんな曇りの無い人生を歩みたかったとも、たまに考える。人に言えない恥ずかしいこともしてきたし、うんざりするほど後悔もした。人生をやり直せるなら、全く別の道を歩みたい。
 私は今、自分は幸せだと思っている。なりたい職業にもなれたし、楽しいこともたくさんある。けれど、私の中の罪悪感が、「私の人生は素晴らしい」とは、言わしてくれない。
 親に「ごめんなさい」と、言わなくていい人生を送る人が、羨ましい。

 先日、私は「わたつみ」(中央公論新社)という本を出した。これは東京で映画の仕事をしていた33歳の主人公が、男のことで借金を作り実家に帰り、日本海沿いの田舎町の工場で働く物語だ。生きるために工場で働く女たちの話でもある。
 私のことを少しでも知る人ならば、この主人公の境遇と私を重ねるだろう。この主人公のモデルは私ではない。性格も容姿も違う。ただ、主人公とその両親との関係と、そこで起こったやり取りは、私と親との間で交わされたものを、ほとんどそのまま書いた。
 当時の修羅場を思い出して、怒られるかなとも懸念していたが、意外にもあっさり、両親ともに、自分たちのことだとわかりながらも受け入れられた。ホッとしたと同時に、私がずっと感じていた罪悪感は、親ではなく、私自身が自分を縛りつけるために抱いていたのだとも改めて思った。罪悪感というのは、そういうものだ。自分で自分を苦しめているのだ。そんなことはとっくにわかってはいたけれど、それでも私は囚われていた。


 私は、「家族だから仲良くできるはず」「家族だからわかりあえる」「家族だから一緒にいないといけない」と、晴れやかに口にするだけならまだしも、それを他人に押しつけてくる人間が、大嫌いだ。
 どう考えても、離れたほうがいい、縁を切ったほうがいい家族を持つ人は、世の中にたくさんいる。一緒にいることで不幸になっている人も少なくない。「家族」「血の繋がり」のせいで、苦しんでいる人は、いっぱいいる。
 私が、今、親と電話などでやり取りできるようになったのは、離れているからだし、「わかりあえない」ことが、わかったからだ。実家にいた頃は、憎しみともいえるやり合いもあったし、若い頃は全く連絡をとらずにいたこともあった。天涯孤独だったら、どんなに自由だろうと思ったこともある。
 

 わかりあえない。
 だけど、許しあえたらいいじゃないか。
「うちの娘はAV女優です」この本を読んで、そんなふうに思った。

 これは、親子の許しの物語だ。


 それは親子に限らない。恋人や夫婦の間柄だって、そうだろう。
 そして「許す」ことは簡単ではない。突き放すことでもあるし、信頼しないと許せないから。そうして人は、自立するのだ。身近な人に許され、ひとりの人間として、孤独を引き受け、覚悟を決めて、生きていく。
 

 各女優へのインタビューの最後に、著者は「もしあなたの娘がAV女優になりたいと言ったら、どうしますか?」と、問いかけている。

 私には娘はいないけれど、もし、いたとしたら――リスクを話し、これから起こるであろうマイナスの材料をとことん言い聞かせ、それでもやりたいと決めたならば、許してやりたい。たとえ彼女が後悔する結果になっても、許す親でありたい。もちろん、実際に子どもがいて、そんな状況になったら、感情的になり、やめろと喚いて泣き叫ぶかもしれないけれど。


 世界中が敵になって、自分を攻撃してきても、許してくれる存在がこの世にいるならば、自分を憎まずに済む。
 私を苛んで苦しめているのは私自身だとわかっているけれど、それでも私は、他の誰か、そばにいる人たちに、許して欲しいと願い続けている。
花房観音プロフィール

京都市在住の作家、バスガイド。

京都女子大学中退後、映画会社、旅行会社、AV情報誌での執筆等様々な職を経て2010年に「花祀り」(幻冬舎文庫)で第一回団鬼六賞大賞受賞。
官能、ホラーをはじめ、様々なジャンルの小説を執筆。

公式HP:http://hanabusa-kannon.com/

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