ごくごくとセックスを飲み干すことができたなら Vol.6
2016-03-22
コラムニスト:花房観音

「2011年3月 暗い東京 セックスなんて書いてる場合か」






あんなにも暗い東京を見たのは、後にも先にもあのときだけだ。



 2011年3月22日。



 東日本大震災が起こって間もない、あの日。



私は京都から上京し、渋谷のホテルに泊まり、原宿へ向かった。パーティに出席するためだ。あんな大災害の直後にパーティだなんて、人に言えないし、浮かれられない。それでも私は新幹線に乗り、東京に行った。生まれてはじめての、私が主役のパーティだ。欠席するわけにも行かない。結婚披露宴などもしていないので、今にいたるまで最初で最後の自分のためのパーティに、こんな暗い気持で向かわなければいけないなんて。私は運が悪いのだろうか。いや、そんなことを考えてはいけない。だって悲惨な災害でたくさんの人が亡くなっているのだから。



私は前年の2010年9月に、官能小説の賞である第一回団鬼六賞の大賞を受賞した。官能小説なんてそれまで一度も書いたことがなかったし、書けるとも思っていなかった。けれど尊敬する大好きな作家である団鬼六先生の名前が冠されて、しかも団鬼六自身が選考委員を務めると知って応募した。小説家にはなりたかったが、官能小説なんて考えもしなかった。エロスやセックス、それは自分にとってトラウマでもあり傷でもあり、最も惹かれるものではあったけれど、男を勃起させるための小説なんて書けるわけがないと信じていた。それでも何とか試行錯誤しながら書いて応募したら最終選考に残り、9月に「大賞を受賞した」との連絡があって、驚いた。本になるために新たな中編を書下ろし、改稿と修正をしてデビュー作「花祀り」の発売が決まった。小説家志望の人間が新人賞に応募して賞をとり本を出せるなんて、人生で最も大きな出来事だ。そうして発売は3月23日に決まった。小説は手を離れ、あとは発売を待つだけだった。



そんな中、3月11日にあの東日本大震災が起こったのだ。

私はその時、京都の自宅近くの小さなスーパーにいた。天井から下がっている蛍光灯が揺れて、「地震?」と、周りが口にした。小さな地震なんてよくあることだしと気にせず自宅に戻った。そして時間が経つにつれ、東のほうでとんでもないことが起こっていることを知る。テレビやネットにあの日から映し出される映像は、目をそむけたくなるような現実だ。私は婚約者の家に数日滞在した。ひとりでいるのが怖かった。ひとりでいると、壊れてしまいそうだった。ネットから流れてくる情報と映像や人の声は気が滅入るどころか「この世の終わり」という言葉しか浮かんでこない。

紙を製造している東北の工場が被災し、自著の出版が中止になった知り合いもいた。私のデビュー作も、発売日に出せるかどうかわからないと言われた。無名の新人作家で、賞そのものも知られていない。せっかく小説家になって出すはずだった本は、諦めないといけないと覚悟した。賞の贈呈式も、「開催できるかどうかわからない」と言われた。そりゃあそうだろう。東京のみならず、日本全国どこでも祝い事が自粛されていた。テレビでもネットでも、今まで当たり前に発されていたものが「不謹慎」だと非難され続けていた。受賞のお祝いパーティ、贈呈式なんて、しかも官能小説なんて、不謹慎に決まっている。それ以前に、東京には食料がないとも聞いていた。こんな状況で本を出したりパーティーなんてできるわけがないし、実際に小説関係の他のパーティは取りやめになっていた。

それでも何とかパーティが開催されることが決まった。もともと団鬼六という作家の世界は、アウトローであり官能であり不謹慎なものではないかという前提で決行された。本も3月23日に刊行されることになった。けれど、浮かれることもできず複雑な気分だった。日本中が悲しみ沈んでいる時に、いいんだろうかと。重い気分のまま、東京に向かった。



東京は暗かった。

照明は落とされ、人々の顔は沈んでいた。コンビニに行っても食料がないし、飲み物の自動販売機の前には行列ができていた。原宿の駅で降りて会場であるレストランに着いて挨拶をしてパーティがはじまった。そんな状況でも足を運んでくれる人たちはいたし、何よりも闘病中である団鬼六先生自身が来てくれたので感激した。団鬼六先生と同じく尊敬するAV界の巨匠・代々木忠監督もお祝いに来てくれた。このふたりに会えたことで、私は初めて賞を受賞してよかったと思った。

パーティが終わり、原宿を後にして渋谷の宿に帰った。やはりどこもかしこも暗く沈んでいる。ここは私の知る東京ではなかった。きらきらした手の届かない街、東京じゃない。知らない場所だ。それこそ夢の中のようにぼんやりと靄がかかっている。ホテルにいる時も、パーティの最中も余震があった。私は、また大きな揺れが起こり自分の命も失われるかもしれないという恐怖を感じながら、ホテルの窓から光のない東京の夜を眺めていた。

その日、初めて自分のデビュー作である「花祀り」を手にした。美しい装幀の本だった。翌日から、本は書店に並んだ。私は小説家になった。けれど、未来の見えないスタートだった。人々は小説などという娯楽に手を出す場合ではないし、そもそも紙がないから本の刊行点数も減るだろうと言われていた。たくさんの人が亡くなり、生きるか死ぬかの極限状態のこの状況で本なんて売れるわけがない。



私の中の罪悪感も日増しに膨れ上がっていた。何もできないどころか、官能小説なんてものを、セックスを書いている場合じゃないのでは、と。そこで開き直れるほどに私には覚悟がなかった。また、こんな状況の中で、日本のこと、被災した人々のことよりも、自分のことばかり考えているのは人間として酷く冷たく自分勝手だと思って落ち込んだ。政府や東電を非難して声を挙げる人々がネット上に溢れ、支援活動をはじめた人たちもいた。そんな中で私は、セックスを書いて小説家になった。何をしているんだろうか、私も小説を書くことなんて後回しにして、世のため人のために動くべきじゃないか。実際に非難めいた言葉を吐かれたこともあった。「○○さんは偉いね、東北のために行動して。あなたは自分のことしか考えてないよね」と。

学生時代に起こった阪神淡路大震災のことを思いだした。京都の大学の同級生たちはすぐにボランティア活動を開始して神戸に行った者も多かった。私は交通費もなく、どこかそうやって奉仕活動をすることや人と交わることを自意識が邪魔をして、募金額に少量のお金を入れることぐらいしかできなかった。大学の同級生たちが、ボランティアの話をしている輪には入れなかった。翌年に教員採用試験を複数の都道府県で受けたときに、どこの面接でも「京都の大学で、兵庫県出身ですよね。ボランティアには行かれましたか」と聞かれた。私は「いいえ」と重い気分で、罪悪感を抱えながら応えた。採用試験は全滅したが、そのことと関係があるかどうかはわからない。

2011年4月に、再び東京に行った。震災の直後よりもましにはなっていたけれど、まだまだ東京は暗かった。この時の目的は、団鬼六先生主催の花見に招待されたからだ。隅田川に屋形船を浮かべた花見の知らせのFAXには「これが最後のドンチャカ騒ぎです」と、あった。3月のパーティの時点で、歩くのも言葉を発するのもつらそうだと思っていたから、「最後の」という言葉の意味は容易に察した。そして当日、団先生は呼吸器をつけ、男の人たちに運ばれながら屋形船にいた。「願わくば 花の下にて 春死なん その望月の 如月の頃」という有名な西行の歌を団先生が口にされた時、泣いていた人もいた。



その歌の通り、遅咲きの八重桜の頃、翌月5月6日に亡くなった。



授賞式の時も、花見の時も、私は大好きな作家のはずの団先生とほとんど話していない。緊張して気軽に物を言えなかったのだ。ただ、花見のあと、全員で記念写真を撮り、帰りますと挨拶した時に、ひとこと「頑張って」と言われたことだけは覚えている。あのとき、これが今生の別れだと思った。そして実際に、そうなった。

私という作家を世に出してくれた偉大なる文豪は、私とすれ違うように、この世を去った。

それからはとにかく無理をしてでも仕事を断らず書き続けてきた。しがみつきたかった。もう後がなかった。未来はない、本は売れない、日本がどうなるかわからない、官能なんて書いてる場合じゃない――けれど、自分には小説を書くしかできない。目の前に与えられた仕事を必死でするしかない。誰にどう思われても、小説家にしがみつこうとした。締切を守り、仕事は断らない。どんな仕事でも、やり方は同じだ。

失ったものは、いくつかある。敵も作ったし、思いだすだけでも不愉快な揉め事もあった。疎遠になった友人もいる。非難もされたし中傷もされた。それでも私はとにかく書き続けた。ただひたすら、セックスを、性を、セックスがもたらすものを。

官能なんて、性なんて書けるわけがないと思っていたし、途中で性を描くことにうんざりして葛藤した時期もあった。けれど、ある時から、自分に描けるものは性しかないのだとわかった。腹をくくったとか覚悟ができたなんてもんじゃない。性は、セックスは、私の欠乏であり、傷だった。だから20代の初めから、アダルトビデオや団鬼六の描く世界に惹かれ続けてきたのだ。

私は私の傷と欠乏のために性を描いている。セックスの傷は、セックスでしか癒すことができない。書くことで傷を癒そうというのではなく、むしろ傷の上に傷をナイフで重ねて切り裂いて血を流している感覚がある。それは痛いけれど、気持ちいい。傷つけてえぐればえぐるほどに気持ちがいい。痛みで笑いがこみあげてくる。そうして書いた作品は、私の傷の墓場だ。傷を癒したり治そうなんて思っていない。傷なんて治るものではないし、過去は一生背負うものだ。だから私は墓場を増やしていった。傷の数だけ墓場ができてゆく。

セックスは時には罪で悪とされる。セックスで人は人を傷つけもするし、犯罪も起こす。セックスで人生は狂う、セックスで人は死ぬ。

私がそうだ。私は自分の性欲で、セックスで人生を狂わせた。

それぐらい、セックスのもたらす力は、凄まじい。だから世の中にはセックスを、そこに関わる人たちを憎悪し攻撃する人たちが、いつの時代でもいる。

私だってセックスを描いて非難もされたし、「そんな恥ずかしいことを書くよりも、もっと心温まる話を書いたほうがいい」なんて心配そうに言われもした。嘲笑もされ、嫌悪感いっぱいの目で見られたこともある。

それでもセックスを描く。セックスは、私の一生背負う傷と欠乏だから。



バクシーシ山下監督の「18歳 中退してから」というAVのドキュメンタリー作品がある。この作品は、阪神淡路大震災の瓦礫の街となった神戸に、AV女優を伴って訪れ、被災して家を失った男優とセックスさせるという衝撃的な内容だ。今なら、絶対に「不謹慎だ」といって世には出せないだろう。確かに、とんでもなく不謹慎だ。

けれど、被災した男優は女優とセックスして至福の表情を浮かべる。明日がどうなるかわからない状況で、人肌にふれて射精をする男を見て、私は、セックスって、なんていいもんなんだと思ったのだ。

未来がなくとも、不安でしょうがなくても、いや、だからこそ人と身体で交わることが必要なのだ、それ以上のものはない。だって、寂しいと、セックスがしたくなる。悲しくてしょうがないときも、セックスがしたくなる。

自分以外の誰かとつながって安心して、幸せになれる。セックスをすることでしか得られない幸福は、確かに存在する。

そして時には、その幸福の記憶があるからこそ、どんなにつらいことがあっても生きてこうと思える。

セックスは罪で、悪で、人を地獄に落としもするけれど、何物にも代えがたい至福をもたらしてもくれる。

セックスでしかもたらせない幸福が存在するのと同時に、セックスでしか描けない人間の美しさ、醜さ、残酷さ、愛おしさ、切なさもある。

だから私はアダルトビデオの世界に惹かれ、そこから導かれるように性を描く道にたどり着いた。



十年前、男につけこまれ借金を作り、仕事を辞めて京都から実家に戻り、毎日朝から晩まで工場でひたすら働き、家族への後ろめたさに苛まれ、自分を責め続けていた三十代半ば、私は朝、仕事に行く前に身づくろいをしながら、AVを流していた。いやらしい気分になりたいわけでもなかったけれど、苦しい日々の中で、画面の向こうで繰り広げられるセックスを見て、「今日も一日、生きていこう」と思えたのだ。自分でも、どうしてそんなことをしているのか、AVに励まされるのか、わからなかった。

今思うと、裸になり交わる男と女たちの獣のいとなみに、「生」を見出していたのだ。セックスは子どもを作る行為だとかの話ではなく、生まれながらにしてそなわっている逃れられない欲望のいとなみを見ることにより、私は生きようとしていた。

未来はなくて、不安で、苦しい日々だった。

けれど、そうやってアダルトビデオを見て、生きてこれた。



東日本大震災、小説家としてデビューしてから五年が経った。相変わらず震災の影は日本中を覆っている。一昨年、東京でカンパニー松尾さんのインタビューをした。インタビューと撮影を終えて、松尾さんと私とカメラマンと三人で外に出て歩いた。その時に、私は周りの光景に既視感を覚えた。



ああ、ここは、あの場所だ。



2011年、団鬼六賞の受賞パーティが開かれた、あの街だ。ここに来たのは、あの時以来だ。

けれどあの時のように、その場所は暗くはなかった。道行く人々も、沈んだ顔をしている人は見かけない。五年前、震災がある前には戻れなくても、少なくともこの場所は、光を取り戻していた。

あの暗い東京で小説家になったのも、今となっては不運だとは思わない。不安と罪悪感と未来のないところから始まったのだからこそ、後戻りはできなかった。



私は来月二十冊目の本を出す予定で、何とか小説の世界にしがみつき食えるようになった。相変わらず出版の世界は厳しくて本は売れない。才能なんて信じてはいないし、不安で落ち込むことはしょっちゅうだ。ひどく孤独で、毎日、睡眠薬無しでは眠れない。

まだ五年、もう五年。これから先はどうなるか、わからない。

わからなくてもいい。

とりあえず、私は今日も明日もセックスを描く。

そうやって、これからも生きていく。
花房観音プロフィール

京都市在住の作家、バスガイド。

京都女子大学中退後、映画会社、旅行会社、AV情報誌での執筆等様々な職を経て2010年に「花祀り」(幻冬舎文庫)で第一回団鬼六賞大賞受賞。
官能、ホラーをはじめ、様々なジャンルの小説を執筆。

公式HP:http://hanabusa-kannon.com/

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