ごくごくとセックスを飲み干すことができたなら Vol.3
2015-11-06
コラムニスト:花房観音

3・愛のないセックスなんて


「AVのセックスで感じるわけがないです。だってそこには愛がないじゃないですか。AVで女の人が感じてるのは嘘です!


 数年前にある女に言われた台詞だ。執念深く粘着質の私は、未だにそのことを忘れていない。
「そんなことないですよ。本当に感じている人もいます」
 と、私が極めて穏やかに答えたのに、彼女は相変らずキツい口調で言い返してきた。
「いいえ、嘘です! 愛のないセックスでは感じません。私はそういうセックスもしたことがあるけど感じませんでした。AVのセックスは愛がないから感じません!
と。

 当時、私は小説家ではなかったけれどAV情報誌でレビューやコラムを書いていた。その仕事はもともと私がAVを好きでブログにAVに関して長文を書いていたからもらった仕事だった。
彼女はそれを知っていた。私がAVを好きで、AVについていろいろ書いていることを。それなのに、そんなふうにつっかかってこられた。思わず、喧嘩売ってんのか、てめぇ? と襟を掴みたくなったけれど、「いちゃもんつけてくるバカと揉めても面倒なだけだ」と思って、私はにこやかにほほ笑みながら話をどう終わらせようか考えていた。
私は昔から今にいたるまで売られた喧嘩は買わない主義だ。私の人生の貴重な時間を、議論して相手を言い負かして優越感を感じたいバカや、暇で他人にかまって欲しくてしょうがないから言いがかりをつける寂しがり屋さんのために一秒たりとも使いたくないのだ。

 私は愛のないセックスで感じたことがないから、AVで女の人が感じてるのは嘘だ――彼女の「抗議」に、私は「そんなことないと思いますけどねー」と言いながら、
「おどれがなんぼほどセックスしてんねん? 100人、200人と寝たんかぁ? おどれのたいしたことない経験で、自分がそうやから皆そうやって何を根拠にヌかせんねん。しかもてめぇ、私がAV好きやと知っててそんなこと言うてくるその意図は何やねんな? 人が好きや言うてるもんを、真っ向から否定するおどれは何様やねんな? しばくぞワレ。舐めんなこのクソ女、なんぼほど男のち○ぽ銜え込んだんか言うてみぃや

と、ガラの悪い関西人の血が喚いていた。
 鬱陶しいから曖昧に話を終わらせたけれど、本気で怒っていた証拠に、今でも思い出すだけで「おどれ何様やねん」と血が沸き立つ。
 自分が好きなものにいちゃもんつけられたせいもあるが、「愛」なんて曖昧なものを振りかざして絶対的だと主張する傲慢なものの言い方に腹が立ったのだ。
何事にせよ、自分が正しいと思っている人間が振りかざす正義ほどたちの悪いものはない。我こそは正義だという人間は他人を裁いていいと思っているからロクでもない。
だいたい愛なんて、本当に不確かで個人の思い込みに過ぎない。
その女が「愛」だと思っているものが、相手にとっては違うということもあるだろうに。

 AVのセックスに愛がないとか断言されるのも頷けない。カメラの前で男と女がセックスして、お互いが相手を「好きだ」と思っている瞬間もあるはずだ。それを愛と呼ぶこともあるかもしれない。
仕事だろうが、よく知らない相手だろうが、セックスは「好きだ」と思ったほうが気持ちがいいんだもの。愛は快楽のスパイスになる。普段は面倒な独占欲や支配欲も、セックスにおいては快感を高める媚薬になる。俺のものにしたい、私のものにしたい、俺のことだけ考えて気持ちよくなってって、俺が一番、私が一番て思われたいもの。私はあなたと最高のセックスがしたい、他の誰よりも、私と一緒に気持ちよくなって欲しい、抗えないほどの快感を感じさせたいって思わないのか。だって、好きだから、今、この瞬間だけでも、好きだから、あなたのものになりたい、俺のものにしたい、わたしのものになって欲しい。

 彼女の言い方だと、つまり恋人とのセックス=愛あるセックスなのだろう。
AVなどの仕事のセックスに関わらず、ついつい成り行きで友達とやっちゃったとか、飲み屋でその日に会った人と意気投合してセックスというのも愛がないから感じないということか。
彼女より多いか少ないかわからないが、私の経験から言わせてもらうと恋人とのセックス=愛があって感じる! なんてことは決してない。惰性になっていることもあるし、何らかの理由で身も心も冷めていることだってある。そして恋人じゃない男とのセックスが感じないなんてこともない。約束や未来がない関係だからこそセックスに没頭できて気持ちがいいってこともある。

 ただ、彼女があそこまでムキになったのは、彼女がAVのセックスの「本気」に怖がっていたんじゃないかとも今は思う。セックスに愛がないと感じないと思い込まなければ、彼女の中の何かが揺らいでしまうのではなかったのか、と。
人が、何かを過剰に攻撃するのは、その対象に脅えている時だ。同性愛を嫌悪する男性なんか、モロにそうだ。女同士で快感を味わえるのなら、そこに男の存在は必要じゃなくなるから、「男」というアイデンティティに依存している人間ほど、レズビアンを受け入れない。女性を支配することでしか男としてのアイデンティティを保てない人間は、男同士の性的関係を嫌悪し攻撃する。

 彼女がAVのセックスは愛がないから感じないと強く言い張ったのは、そこに彼女が脅えているものが存在するからだ。彼女はおそらく恋人とのセックスに愛があると思いたいのだ。実は不安なのではないのだろうか、恋人とのセックスが。
愛なんて個人の思い込みだ。
恋人とのセックスで彼女が愛を信じられたら、それでいいはずなのに。
 AVのセックス、恋人同士ではない仕事のセックスの中に愛や快感が存在してしまったのならば、彼女自身が愛だと思っているものが揺らぐんじゃないか。だから私につっかかってきたんじゃないのか。
いずれにせよ、愛なんて不確かなものにすがらなければセックスを気持ちいいと思えないなんて、つまらない。
同情するほど、つまらない。
 
 でも、逆に、「セックスなんて誰とやっても同じだ」なんていう女も、嫌いだ。セックスを馬鹿にすんなよと言い返したくなる。同じなわけないじゃないか。会話とセックスは一緒で、一対一の関係性の中でどこまで通じ合うかで気持ちよさが違う。望むものも、欲望の量も、人それぞれ違う。それがぴったりと当てはまる相手ならためらうことなく求めて受け入れることができるけど、ズレていると心も身体も置いてけぼりになる。

 愛があるかどうかなんてわからないけれど、好きな人とのセックスが気持ちいいのは感動があるから。ふれる感動、ふれられる感動、変わる感動、変えていく感動。そして抱き合っても言葉を存分に交わしても、それが永遠ではないことを思い知り、いつか必ず訪れる別れへのカウントダウンが始まる刹那が、求める気持ちを強くする。
 好きな人とのセックスは悲しいし、切ない。身体がひとつになっても、心まではひとつになれないのを思い知るから時につらい。離れたときに、思い出して、相手の不在が苦しくなる。寂しい。好きな人とのセックスのほうが、寂しい。
 それならば、セックスするときだけの「好き」でいいと思うこともある。セックスするときだけ、愛があれば。愛を深めるためにセックスするのではなくて、セックスするために愛するほうが。
 でも愛も恋も好きという気持ちも、結局は、そんなもの性欲の一端に過ぎなかったんだと気づくぐらいには大人になった。これが愛だとかそうじゃないとか、そんなこと快楽の前にはものすごくどうでもよくて、とにかく目の前の相手を本気で貪って、頭空っぽにしないと、気持ちいいセックスなんてできないことも。

「AVのセックスは愛がないから感じない」と言い放った女とは、もう今は会う機会もない。他にも何度もわけのわからないことで突っかかられたことがあったので、きっと彼女は私が疎ましく、嫌いだったのだろう。
 ただ、彼女は私が小説家になったのも知っているし、私のtwitterのアカウントをフォローしている。嫌いなら見るなよ。気になってるのか何なのかよくわからないが、ここだって見ている可能性はあるだろう。
 だったら言っておくが、ふざけたことヌかす前に、AV見ろや。否定する前に、うんざりするほど見ろや。だいたい、本や映画でも読んでも見てもいないくせに批判するなんて、それはもうただ単なる他人や他人が作ったものを見下ろすことでしか自分の存在を認識できない可哀想なカスたちだ。AVも一緒だ。
 一本か二本、ちょっと見ただけで「こんなの演技だ、やっぱり愛がないと感じない」とか言うてるんやったら、話にならんのやから、とりあえず見てみろ。メーカーもジャンルもこだわらず、人がいいってすすめるもの、人気があるもの、情報は無尽蔵なんだから探して見ればいい。昔と違って、今はネットでダウンロード販売もしてるし、女性はずいぶんとAVを購入しやすくなった。
 
 自慢じゃないが、こっちは20年以上、AVに魅せられてる。AVのセックスに。カメラの前だろうが仕事だろうが、男と女が身体も心も心底求めて感じて溺れてどろどろにわけわからなくなってぶっ壊れてるの何度も見てる。
 あんたがどういうつもりで、何があって、セックスは愛がないと感じないとムキになったのか知らないけど、愛があるとかないとかなんて快楽の前においては大したことじゃないんだから。
 本当は自分のセックスがつまらない、気持ちよくないことを、「愛がない」せいにしてたんじゃないの? それはただ単にあなたのくだらないプライドだか自己愛の強さだか何だかが快楽の邪魔をしていただけだ。
 だからとにかく見ろ。女が男を本気で欲しがり貪り感じている映像を。
私のことを嫌いなあんたに、私がほどこせるただひとつの親切は、それしかない。 
花房観音プロフィール

京都市在住の作家、バスガイド。

京都女子大学中退後、映画会社、旅行会社、AV情報誌での執筆等様々な職を経て2010年に「花祀り」(幻冬舎文庫)で第一回団鬼六賞大賞受賞。
官能、ホラーをはじめ、様々なジャンルの小説を執筆。

公式HP:http://hanabusa-kannon.com/

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